世界中が衝撃を受けた「戦争広告代理店」の実態と教訓

そしてトランプは何を変えたのか?
伊藤 剛 プロフィール

「まず、『オルタナティブ・ファクト』に関しては論外ですよね。就任式に集まった人数は、写真に事実が映っているわけですから。

けれど、国際メディアと敵対するという手法は、確かに従来のPRの教科書を破壊する行為で、しかもそれで本当に当選するというのはどういうことなのかと、僕自身も当時は途方に暮れました。

トランプは一体誰に支持されているのか。彼のメディアとの付き合い方を改めて振り返ってみると、興味深いことが分かってきます。

トランプは常にメディアを上手に利用し続けてきましたが、あの独特な喋り方を含めたパフォーマンスは、大統領選挙立候補前からのメディア出演の経験の中で肌感覚的に身につけてきたものだと思います。

『アプレンティス』といったリアリティーショー番組の出演体験についてよく指摘されますが、注目すべきは、アメリカのエンタメプロレス界の最強団体であるWWEとの関係です。

かつて彼はWWEの番組の一つを買収した設定で番組に登場し、プロレスファンに演説することがありました。その時の喋り方と、現在の喋り方や雰囲気がまるで一緒なんです(参考:「トランプ節は『プロレス』から生まれた!」)。

一概に言えないとしても、WWEを観に来て溜飲を下げる層は、ニューヨークタイムズやBBCワールドなど、これまでのPR理論で国際世論を左右していると考えられてきた国際メディアを見ているエスタブリッシュメント層とは違います。

トランプはラストベルトの取り残された白人層の支持を得たと言われますが、まさにこのWWEに盛り上がるような層にうまくコミュニケーションしたという印象を僕は持っています。そこに未開拓の鉱脈があることを、彼は以前からのメディア体験で感じていたのでしょう」

〔PHOTO〕gettyimages

「True believers」へのアプローチ

実は、筆者が初めてハーフ氏に会った時(2016年10月)というのは、ちょうどアメリカ大統領選の渦中だった。

メディアや情報戦の専門家の多くはトランプが勝つとは思っていなかったはずだが、今思えば彼はトランプ大統領の誕生を真剣に危惧していたように思う。

なぜなのか。高木もまたトランプの戦略について彼に尋ねていた。

「ハーフ氏に同じ質問をしてみました。トランプは新しいPRの手法を発明したのかと。そしたら、彼は『まったく新しいとは思わない』と言うんです。

トランプの手法というのは、独裁者が『True believers(信者)』をターゲットにする時のアプローチだと。

アメリカの35~40%に相当するその層のみを気にかけ、単純なことを繰り返しメッセージとして『信者マーケット』に発信していくやり方だと言うんです。

それを成功させたという意味において、トランプは歴史上のヒトラー・スターリンなどに連なる独裁者だと彼は言っています」

〔PHOTO〕gettyimages

「True believers」に向けたコミュニケーション手法。この視点には非常に重要な示唆がある。

一般的に、私たちは「情報が多ければ多いほどいい」と思っている。なぜなら、情報を「比較検討する」ことができるからだ。

そうすることが「民主主義の成立」には必須のため、私たち国民にもそれが期待されている。そして、そのための情報を提供するのが「メディアの存在」となる。

ところが、実際は私たちは情報を比較検討しているのではなく、自分に都合のよい情報だけを集め、自分に都合の悪い(不協和な)情報は「排除する」ことで、結果的に情報を選んでいるのだとする社会心理学の研究がある。

「認知的不協和理論」と呼ばれる考え方だ。

 

この理論の提唱者・フェスティンガーの研究『預言が失敗する時』によれば、終末論を唱える新興宗教団体の預言が外れた時というのは、本来であれば教団の信頼は失墜し、信者は離れていくと思われるが、実際は逆に信仰心が高まり、信者同士の結束も高まるとされている。

理由はいくつかあるが、要約すれば、さまざまな「正当化」を行うことで、自己肯定できるストーリーに「事実を書き換えていく」のだという。

まさに、これは現在のトランプ現象とも酷似している。

トランプが既存のメディアを敵対視し、メディア側がそれを批判すればするほど、彼を支持する層の間では結束が高まっていく。

周囲からすれば、明らかに「不協和(フェイク)」だとしても、多数の信者が身近にいる状態ではそれが「協和(ファクト)」となる心理メカニズムが働いているのである。