世界中が衝撃を受けた「戦争広告代理店」の実態と教訓

そしてトランプは何を変えたのか?
伊藤 剛 プロフィール

ジム・ハーフという「PRマン」の素顔

ジム・ハーフ。まさにこの人物こそが、『戦争広告代理店』で主人公となったPRマン。

実は筆者も、3年前に広島で開催されたイベントで彼と会っている。「平和キャンペーンのためのコミュニケーション・デザイン」というセッションで、筆者がモデレーターを、彼はパネリストとして参加していた(当日のセッションの様子はこちらから)。

出会った時の印象は、良くも悪くも「ふつう」のビジネスマンで、少々身構えていた分、余計に気勢がそがれたのを覚えている。

基本的に、日本では「平和=反戦」が前提になるので、『戦争広告代理店』というタイトルのセンセーショナルさから、彼に「ある種のイメージ」を抱きがちだ。

さらに言えば、あの本は高木がジャーナリストとして「秘匿の事実」を暴いたかのように誤解している人もいるかもしれない。

 

しかし、実体はまるで逆だ。

「ここはあまりうまく伝えられていない部分なのですが、ハーフ氏自身はまったく悪いことをしていると思っていません。あの戦争をPRしたことはむしろ誇らしいとさえ思っています。

取材当時、彼はこの仕事で全米PR協会のシルバー・アンビル賞を受賞したのを機に独立していました。ワシントンDCに小さなオフィスを構えたばかりの頃で、日本から取材に来てくれるのは心から喜ばしいといった感じでした。

幸運だったのは、前の会社の社長が独立の手向けに資料の持ち出しを許可していたので、そのオフィスのロッカーに段ボール箱で全5箱分の資料があったことです。

彼はそれを『ひと晩貸そう』と言い、私は彼の気が変わらないだろうかと内心どきどきしながら、近くのキンコーズでコピーしていた時の興奮は今でも忘れられません。

確かに、書籍の終わりに『紛争に介入するPR企業は“情報の死の商人”ということもできるだろう』と書きましたが、僕自身は本心からそう思っているわけではありません。

なぜそう表現したかと言えば、日本的な文脈では『人の生き死にを情報で左右するのはどうなのか』と言われると思っていたので、そうした日本のコンテキストを考えて免罪符的に入れた一言でした。

これはある人物に指摘されたことですが、もしハーフ氏のような存在がいなかったら、セルビアが一方的に蹂躙(じゅうりん)して終わっていたかもしれない。

でも、現実の歴史では終戦の合意を導いたとも言えるので、彼自身は『紛争解決PR会社』と思っているだろうし、国際世論の文脈の中でもそう受け止められていると思います。

僕自身も彼を一概に悪いとは思っていませんし、だからこそ話を聞きに行ったのです」

この高木の「一概に悪いとは思っていません」という発言に、「それはジャーナリズムに反するのではないか」と違和感を抱く人もいるかしれないが、しかし高木の「この感覚」にこそ、本事例を考える上での最も重要な論点があり、丁寧に理解しないといけないポイントだ。

「ジャーナリスト」としての矜持

「戦争とPRの歴史」を語る際に、必ず取り上げられる事例として湾岸戦争(1991)時の「ナイラの証言」と呼ばれるものがある。

イラクのクウェート侵攻後、イラク兵が現地の子どもたちをいかに虐殺したのかについて、当時15歳の少女が涙ながらにアメリカ議会で語りメディアが大体的に報じた結果、アメリカの軍事介入のきっかけになったとも言われる証言だ。

ナイラの証言〔PHOTO〕wikimedia

しかし、後にこれが「やらせ」だったことが暴露された。実は、このナイラという少女はアメリカ国内のクウェート大使の娘で、一度も母国には行ったことがなかった。

クウェートに対する国際的な支持を得るため依頼を受けたPR会社が、世論を喚起するべく作ったシナリオの「ストーリーテラー」として彼女がキャスティングされたというわけだ。

ひと言で言えば、この事例は「捏造」「でっちあげ」の類であり、弁解の余地はない。これが発覚して以降、PR業界は信頼を取り戻すために改革を迫られた。

実際、ハーフが所属していた会社でも、今で言うところのコンプライアンスの考えを先取りして、社外の有識者を含めた「倫理委員会」を作り、重要と考えられる案件を厳しく審査して「問題ない」と判断の上で初めてGOサインを出す仕組みになっていたという。

要するに、ボスニア紛争の事例においてハーフが「嘘(フェイク)」の類を生み出そうとしたわけではない。では、彼が実際にしたこととは何だったのか。

ボスニア政府の朴訥(ぼくとつ)な印象の外務大臣を、国際メディア映えのする「プレゼンテーター」に育成したこと。

ボスニアが迫害を受けているというさまざまな情報を「プレスリリース」にまとめて、適材適所の人物に情報を届けたこと。

そして、ハーフが自らの仕事を「メッセージのマーケティング」と語っているように、この紛争に関心を示していなかった国際メディアに、彼らが情報を取り上げたくなる切り口(メッセージ)を定着させたこと。

それが、かの有名な「エスニック・クレンジング」というフレーズだ。日本語では「民族浄化」と訳され、歴史の教科書にも載っているものである。

アルバニア人たちの難民キャンプ〔PHOTO〕gettyimages