神秘を宿す山陰建築

山陰には神秘的な建築が多い。そう感じるのは、「出雲大社」の存在があるからだろうか。その本殿の構造は大社造と呼ばれ、頂部から両側に屋根が流れ、妻(屋根の山形がみえる側面)に出入り口をもつ「妻入り」が特徴だ。古代の宮殿建築を真似たものだともいわれているが、日本最古の神社建築様式のひとつと伝わる。実は、この大社造は日本の住居の起源ともされていて、出雲大社を訪れたことがなくとも、知らず知らずのうちに私たち日本人の身体に染み込んでいる極めて馴染み深い建築でもあるのだ。

ときは変わって、1960年代へとタイムスリップしたい。高度経済成長期に突入し、日本は熱気と活気に満ち満ちていた。建築界では鉄筋コンクリート造の建物が急増し、モダニズム建築がもてはやされることになる。東京オリンピック開催年に完成した菊竹清訓設計の「東光園」などはその最たる例だが、ここでも社殿を思わせる構造が露わになっていることに着目したい。外観の造りはちょうど鳥居を彷彿とさせ、上から下へと優美な曲線を描く屋根は出雲大社のそれをモチーフにつくられたのだという。人びとにとっての憩いを追求しつづけた菊竹が、日本人のルーツである木造の雰囲気を近代的技術である鉄筋コンクリート造で表現した傑作というわけだ。奇妙な形であるが、どこか懐かしさを感じるのはそのためではないだろうか。多くの著名な建築家が、これまでに見た建築のなかでもっともインパクトのあった作品として東光園を挙げている事実にも頷ける。

島根県に生まれ育ち、幼少期に出雲大社の境内でよく遊んだという建築家・高松伸にとっても、その影響は大きいという。「圧倒的な本殿の存在はときに恐ろしくもあったが、その場にいるだけで、つい手を合わせてしまったり、ふと何かを思い出したり……」そんな空間を生み出すことができる建築そのものの価値を体験的に学んだそう。「仁摩サンドミュージアム」や「玉造温泉 ゆ〜ゆ」など、彼が故郷で手がけた作品も、建築自体がもつ圧倒的な存在感を感じさせるものが多い。

島根の「出雲大社」然り、鳥取の「投入堂」然り、近現代の建築物然り、時代の先端をいく建物を打ち立ててきた山陰。年代を追ってみると、山陰の建築は、その進化に不思議な神秘を宿しているようだ。

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●情報は、FRaU2018年12月号発売時点のものです。
Text&edit:Shiho Nakamura