Photo by iStock

「家賃滞納→鬱状態」から必死に立ちあがった貧困母子の姿

養護施設刺殺事件で伝えたいこと

渋谷区の養護施設の施設長が、15歳から18歳まで当施設にいた22歳の男に刺殺されるという痛ましい事件が起きた。報道によれば、男は一度就職したが1ヵ月半で退職し、ひと月分の家賃を滞納していたという。

家主から保証人となっていた施設に連絡が行き、被害者とは別の職員が対応をした。壁に何個も穴があけられており、やり取りのなかで騒いだため警察を呼ぶ騒ぎとなり、退去となったようだ。その後ネットカフェを転々としながら勝手な恨みを募らせていった男が、凶行に及んでしまった。

一言で「家賃滞納」といっても、特に貧困層の家賃滞納問題には、「自己責任」と一括りには言い切れない、様々な問題がはらんでいる。16年の間に2200件以上の「家賃滞納」例をふまえ、『家賃滞納という貧困』を上梓した司法書士の太田垣章子さんに、本書に書かれた実例も含めて「家賃滞納と向き合う貧困層」についての実情を聞いた。

 

滞納から「強制退去」になるまで

意図的であるなしにかかわらず、何らかの原因で家賃を滞納すれば、家主や管理会社、あるいは家賃保証会社から電話なり文書なりで支払いの督促を受けることになります。連帯保証人へ連絡がいくこともありますが、この段階で督促に応じて支払うことができれば、通常の場合は賃借人(借主)にペナルティは発生しません。
  
期限までに滞納家賃の支払いもなく、退去にも応じない場合は、いよいよ法的な手続きが開始されることになります。つまり、家主による明け渡しの裁判が提起されるのです。
 
なお、家主側から賃貸借契約の解除をするためには、「家賃3カ月分程度の滞納があること」「一定の期間を定めて支払いを求めているにもかかわらず、 家賃の支払いがないこと」「信頼関係が破綻したこと」という条件を満たすことが必要とされているので、通常、2カ月分までの家賃滞納では法的な手続きが開始されることはまずないと考えてよいでしょう。

ただし逆に言えば、3カ月以上滞納し、督促に応じなければいつ裁判を起こされても不思議ではないということになります。

訴訟が提起され、家賃滞納に合理的な理由がない場合(部屋が使えなかった等)、賃借人側の家賃支払いの債務不履行は明らかなので、通常はすぐに明け渡しの判決が言い渡されます。

判決が出ても任意に退去しない場合、家主側は強制執行の申し立てをします。執行官が室内に立ち入り、期限を記載した公示書を貼ります。この公示書に書かれた日時までに退去しなければ、執行手続きが断行されます。執行官が部屋に立ち入り、荷物を撤去し、鍵を換えて、賃借人が勝手に室内に 立ち入れないようにします。ここまでくればようやく家主は、次の入居希望者にこの部屋を貸すことができるようになるのです。

被害者は容疑者のことを支えていた

私は、たまたま児童養護施設の関係者が保証人になった例に遭遇したことがありません。ただ18歳といえば未成年。未成年者が契約の当事者になった場合、法律上「取り消すことができる」ので、おそらく施設の関係者が好意で連帯保証人になったのだと思います。

養護施設に入る子どもたちの多くは何かしらの理由を抱えています。容疑者の場合は15歳から入所したと報じられていますが、それが事実ならそれまでいったいどう過ごしたのか、どんな理由で思春期真っ只中の時期に養護施設に入らなければならなかったのかということも考えなければならないでしょう。

愛情を一心に受けて育った18歳であっても、18歳は大人だと言い切れないのではないでしょうか。それが、なにかしらの問題を抱えて施設に入った子ですから、より一層「まだ子ども」という要素も強かった可能性もあります。

それでも養護施設は本当に多忙を極めますし、制度上18歳をすぎたら退所してもらう以外にありません。そうしなければならない仕組みになっているのです。

私の知人が、この養護施設に何度か伺ったことがあるそうです。亡くなられた被害者の施設長は本当に素晴らしい方で、子どもたちからも慕われていたと伺いました。退所したあとの子どもたちの相談にも応じていたと報じられています。そういう方だからこそ、社会の仕組みで支えられない18歳を少しでも支えようと,、施設で保証人になられたのではないかと思います。

家賃滞納に関して言えば、前述のようにひと月の滞納では法的に退去を命じることはできません。容疑者が壁にハンマーで穴を開けていたゆえに警察に通報したと報じられていますので、家賃滞納そのものよりも、「信頼が破綻した」という家主の要望を汲んで退去となったのだとは思います。

ただ出されてしまうと住所がなくなるので、就職活動するにも履歴書が書けない。その状況が、彼を追い詰めていったのかもしれません。