とっても小さいやつらを追って

謎だらけの「辺境微生物」の世界
中井 亮佑 プロフィール

やつらはみんな生きている

話がそれてしまったが、僕が南極へやってきた理由は、めずらしい辺境微生物を探しだすためだ。「南極」と聞いて、あなたは何をイメージするだろうか。雪、氷、極寒、ペンギン、南極料理人、あるいは、昨年盛りあがった「よりもい」*4

いずれにしても、多くの人は雪と氷におおわれた“白い大陸”を頭の中に思い浮かべるだろう。でも、南極大陸の端っこのほうにはそのイメージを大きくひっくり返すところがある。

そこは岩がたくさん転がる岩石地帯で、決して真っ白な世界ではない(写真1)。赤茶けた岩肌が一面にひろがっている。

【写真】赤茶けた岩肌が一面にひろがる岩石地帯
  写真1 南極大陸の沿岸に広がる岩石地帯。露岩域(ろがんいき)と呼ばれるここは、真っ白い世界ではなく、赤茶けた世界(撮影:中井 亮佑)

そこを歩き、石を拾ってみると、何やら緑色の物体がへばりついているのに目を奪われる(写真2)。この緑色は、おそらく光合成するシアノバクテリアという細菌であろう。微生物は一個だけでは小さすぎて目に見えないが、わさわさと増えると、このように僕たちの目に見えるほどにまでになる。

ほかにも、岩石の表面に地衣類がへばりついて生きている(写真3)。地衣類とは、藻類と菌類の共生体だ。南極という地球の最果てで、微生物たちはたしかに生きている。

【写真】石にへばりついている緑色の物体
  写真2 南極で岩石の隙間に暮らす緑色の微生物(撮影:中井 亮佑)
【写真】岩石の表面にへばりついている地衣類
  写真3 南極の岩石にへばりつく地衣類(撮影:中井 亮佑)

さらにある場所では、雪や氷の融け水が窪地にたまってできた湖がある。極地の湖の底など何もなさそうであるが、そうではない。

ある湖では、コケが塔のような不思議な形になって成長する(驚くべきその光景はこちらから*5)。それは日本の南極地域観測隊によって1996年に発見されたものだ。「コケ坊主」と名づけられたそのコケの群落にも、微生物たちがものすごい数で暮らしている。僕がざっと調べただけでも、少なくとも約300種の微生物がいることがわかった*6

さらに、理由がいまだよくわからないのだが、コケ坊主の下のほうにだけ、これまでに知られている微生物とはぜんぜん違う微生物がいることも明らかになった。南極の湖の底で、その微生物たちはいったい何をしているのだろうか。

そして、辺境微生物たちが住み暮らしているのは南極だけではない。地球のもう1つの果ての北極はもちろんのこと、沸騰寸前の温泉、さらには僕たちが見上げる空から海の底にいたるまで、あらゆるところにいる。

糸のようなやつ、あの“お菓子”に似ているやつ

ところで、2019年のサマソニの大トリは、「レッド・ホット・チリ・ペッパーズ」(通称レッチリ)に決まった。今月、彼らは砂漠(に建つピラミッド)でライブを行う予定だ*7。レッチリは過去にも『ギヴ・イット・アウェイ』や『スカー・ティッシュ』のミュージックビデオを砂漠で撮影している。

【写真】レッド・ホット・チリ・ペッパーズレッド・ホット・チリ・ペッパーズ P. by gettyimages

そもそも、不毛の大地たる砂漠もまた、僕たちが快適に過ごすことのできるところではない。サン=テグジュペリの『星の王子さま』に出てくる王子が砂漠でヘビと出会ったとき、そのヘビは「ここは砂漠だ。砂漠には誰もいない*8と言う。たしかにそうだ。

だが、そんなところにも微生物はやはりいる。僕たちがサハラ砂漠の調査で見つけたのは、糸のようなかたちをした微生物である(写真4)。とても珍しい種類だったので、「オリゴフレクスス・チュニジエンシス」(Oligoflexus tunisiensis)と名づけた*9。この学名(ラテン語)は、少ない栄養で育つこと、細胞が時にくねくねと曲がったかたちに変身すること、そして、チュニジアで見つかったことにちなんだものだ。

【写真】オリゴフレクスス・チュニジエンシス
  写真4 サハラ砂漠から見つけたオリゴフレクスス・チュニジエンシス(Oligoflexus tunisiensis)の電子顕微鏡写真。糸の形をして、わさわさと増えたところを撮影。右下の水色線の長さが0.01 mm(画像:中井 亮佑)

辺境には未知なる微生物がまだまだたくさんいるのだが、実は、辺境でなくとも、僕たちの身の回りにも“名前のない”新しい微生物はひそんでいる。

たとえば、広島県内の川から見つかったのは、「c」(アルファベットのシー)の形をした微生物だ(筆者注:日本初のスナックといわれる“あの”お菓子によく似ているといわれることも多い)。

ふつうの微生物よりもとても小さいのが特徴で、大腸菌の大きさの40分の1ほどだ(写真5)。これもよく知られているどの微生物とも特徴が違っていたので、新種「アウランチミクロビウム・ミヌトゥム」(Aurantimicrobium minutum)と命名した*10。名前の由来は、この微生物がオレンジ色をしていることと、小さくて捕まえにくいことである。この種の微生物は、世界中の湖や川に住みついていることがわかっている。

【写真】アウランチミクロビウム・ミヌトゥム
  写真5 広島県内の川で見つけたアウランチミクロビウム・ミヌトゥム(Aurantimicrobium minutum)の電子顕微鏡写真。微生物の中でも特に小さい細胞をもつのが特徴。右下の白い線の長さが0.0001 mmなので、とっても小さい(画像:『追跡!辺境微生物』より)

僕は、北へ南へと小さいやつらを探しまわってきた。そしてこれからも新しい微生物との出会いを求めて、どこかに出かけるつもりだ。この地球は、常識外れの微生物で満ちている。

だが一方で、イヌやネコなどを愛でるのと同じように、微生物を“実感する”ことはなかなかむずかしい。どうすれば人にわかりやすく伝えられるのか、僕はいつも悩んでしまう。

しかしそれでも、さまざまな場所にひそむ微生物の謎を解き明かしながら、その“すごさ”を伝えていかなければならない、と思っている。もし、微生物に少しでも興味がでてきたら、ぜひ僕の本を手にとってほしい。

最後にもう一度、『星の王子さま』の言葉を取りあげて終わりにしよう。

いちばんたいせつなことは、目に見えない*8

本稿の草稿に有益なご助言をいただいた情報・システム研究機構国立極地研究所の辻本惠博士にこの場を借りてお礼申し上げる。

 本記事の執筆者、中井さんの著作はこちら 

追跡!辺境微生物
 砂漠・温泉から北極・南極まで

【書影】追跡!辺境生物

中井 亮佑 著

四六判並製 196ページ+カラー口絵8ページ
1,800円+税 ISBN978-4-8067-1571-9
築地書館 発行

ヒトコブラクダの機嫌をそこねても、ホッキョクグマが出没していたって、微生物を探し求めて、世界の果てまで、僕は行く!

厳しい環境で生きる辺境微生物の虜になった、若き研究者の探究心は止まらない。

研究者の情熱とフィールドワークの醍醐味、驚きに満ちた発見、研究の最前線もわかる充実の1冊。

中井さんの研究活動ウェブサイト:https://sites.google.com/site/nakaiwebsite/
中井さんの本に関する最新情報:https://twitter.com/biseibutsusekai