〔PHOTO〕gettyimages

「新冷戦時代」2つの諜報事件をインテリジェンス視点で読み解く

背景には複雑な駆け引きがある

2018年にもスパイやインテリジェンスに関わる様々なニュースが世界を駆け巡った。そしてそれらのニュースは今後の世界情勢を暗示しているともいえる。

他方、2001年9月11日以来続いてきた、世界各地におけるテロとの戦いは一段落しつつある。その代わり再び台頭してきたのが伝統的な国と国との安全保障や経済的優位をめぐる戦いだ。

ここ数年の間に、欧米とロシア、中国との間での所謂「新冷戦」の傾向が顕著になりつつあるが、今やその最前線はサイバーや宇宙、インテリジェンスをめぐるものになってきている。

2018年に生じたスクリパル事件や、ファーウェイ問題はそのような新冷戦の文脈の中で起きている出来事なのだ。

 

スクリパル事件〜米英とロシアの確執

ちょうど一年前の2018年3月4日。

イギリス・ソールズベリーの街中のベンチで、元ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)大佐、セルゲイ・スクリパル氏とその娘、ユリアが意識不明の状態で発見された。

同氏はGRU時代にイギリス秘密情報部(MI6)と接点を持ち、GRUの職員名簿を含む、ロシアの機密情報をイギリスに流していた人物である。

この件で氏は2004年にロシア当局に逮捕され、13年の禁固刑に処されているが、2010年には米露間のスパイ交換により、イギリス政府がスクリパル氏の身元を引き取ることになった。

その後、同氏はイギリスのソールズベリーに居住していたが、昨年3月にロシアから2名のGRU工作員がイギリスに入国し、ロシア製の神経剤「ノビチョク」を使用して、スクリパル氏の暗殺を謀ったとされている。

〔PHOTO〕gettyimages

ただしこの事件は、GRUの裏切り者に対する報復という単純なものではない。

様々な報道によると、2010年以降もスクリパル氏はMI6と共にインテリジェンス活動に従事しており、この点がロシア側をいたく刺激したようである。

特にロシアの情報機関は同氏と元MI6のロシア専門家、クリストファー・スティール氏との関係に神経を尖らせていた。

スティール氏といえば、アメリカのトランプ大統領とロシアの裏の関係について執筆した報告書「トランプ-ロシア文書」が知られており、同文書は各国の情報機関で高い評価を受けているものだ。

ロシア側はこの文書の情報源の一つがスクリパル氏にあるとみて、暗殺を実行したと見られている。

このスクリパル事件から透けて見えるのは、まずロシアの情報機関が相変わらず毒殺を好むということだ。そしてここで重要なのは、ロシアが「状況証拠」のみを残しているという点にある。

2007年にもロンドンで元ソ連国家保安委員会(KGB)のアレクサンドル・リトビネンコ氏が「ポロニウム」という放射性物質で暗殺されているが、この物質も今回使用された「ノビチョク」もロシアという国家機関でないと使用できない代物だ。

つまりロシア側のプロの工作員たちは全く証拠を残してはいないが、そのことによって「ロシアの情報機関の工作だろう」という噂だけが広まることになる。

どちらの事件でもロシア側は工作がロシアの仕業によるという情報を残すことで、他の裏切り者に対する警告を発しているのである。