スティーブン・キング(Photo by gettyimages)

スティーブン・キングの作品が作家にとっての「お手本」と言えるワケ

畠中恵の「わが人生最高の10冊」

まったく違う善悪の価値観

今回の選定では、自分のいる世界とはまったく違う世界に連れて行ってくれるような、想像力に満ちた作品が中心になりました。

まずはファンタジーの金字塔とも呼べる、『指輪物語』ですね。全10巻に及ぶ大長編ですが、抜群に面白くて、長さを感じません。既存のものをベースとするのではなく、世界を一から作っているような感触に特に魅了されました。

この本が深く記憶に残っているのは、キリスト教の価値観から派生した、善悪の基準が印象的だったからです。サウロンという悪の枢軸が登場し、その唯一の敵を倒すことで、物語が完結します。

ただ、日本人の私の感覚からは、「これで全てめでたしとなるのか?」という疑念が生じました。一方で、絶対善と絶対悪を、確固たるものとして信じられるキリスト教的な強さが、そのまま作品全体の強さにつながっているとも思います。

日本は逆に、白と黒をはっきりと分けず、中間にあるグレーゾーンを書く感覚が強い。そういった意味で、『火車』は日本的な作品だと思います。

宮部みゆきさんのミステリーで、ある女性が失踪したことから物語がはじまり、徐々にその女性の正体や、過去の罪が暴かれていく。

ただ、彼女が絶対悪かというと、そんなことはなく、背景には社会のさまざまな軋轢が存在しています。単なる謎解きではなく、その時代や社会の広がりがはっきり感じられるような、描写力が大きな魅力です。

 

本作はラストも印象的で、思いがけない、定石を外した終わり方をしています。こういう終わり方を選択すると決めるまでに、色々逡巡もあったと思われますが、素晴らしく印象的な終幕でした。

私はデビュー前に、さまざまな作品を構成分解して、学ばせていただきました。物語の流れを書いて、どのような構成になっているのか勉強していたのですが、『火車』は難しかったです。全体がものすごく緻密に書かれていて、区切りをつかみ切れなかったのだと思います。

小説家志望者が読むべき作品

影との戦い』はファンタジーの名作『ゲド戦記』の第一部です。本作では主人公で、のちに偉大な魔法使いとなるゲドの少年時代が描かれます。

読んだのは若い頃で、まだ何者にもなれていない自分の姿をゲドに重ね合わせました。もちろんこれ以降の巻も素晴らしいのですが、それからのゲドは人間的にも完成された賢者になっていく。もっとも共感ができたのはこの作品かもしれません。

スティーヴン・キングの作品は2作挙げました。『刑務所のリタ・ヘイワース』は映画『ショーシャンクの空に』の原作です。これはヒューマンドラマですけど、もう一作の『IT』はホラーです。

『IT』の特色は、「神の視点」があること。これは表現としては難しくて、下手をすれば独りよがりになるものですが、本作にはピッタリとはまっている。キングは物語の構成力も抜群なので、小説を書きたい人は、彼の作品を一度読んでいただけたらと思います。

ユニオン・クラブ綺談』はすぐに読める、短いミステリーが30編収録された作品集です。

私がデビューしてまだ日の浅い時期に、原稿用紙20枚という指定で、小説の依頼をいただいたんです。ほぼ経験がなかったので、同じくらいの分量で書いてあるものを探して、本作にたどり着きました。そして、起承転結などをどう調節しているか、必死に勉強しました。

この長さは私にとって難しくて、一つの作品を書くのに、とても苦労しました。それだけに、この珠玉の短編集を残したアシモフの力量を素晴らしいと思いました。

なめくじ長屋』は、私が小説を書き始めるきっかけになった本。貧乏長屋の住人たちが、さまざまな事件を解決していく異色の捕物帳です。

彼らは金も力もなく、世間からみると大したことのない人たちなのに、たまらなく魅力的に描かれています。本作に惹かれ、作者の都筑道夫さんが主催する小説講座に通い始めました。

都筑さんは時代作家というイメージが強かったんですが、実際には時代ものも現代ものも、広いジャンルの作品を書かれています。人柄はおしゃれで気さくな人。ただ、強い印象が残っているのは、表現へのこだわりです。

あるとき、編集者さんが都筑さんの原稿を修正したことがありました。一言くらいだったらしいのですが、都筑さんはこだわっていて。作家とはこういうものなのか、と感じました。そうした言葉へのこだわりが、私自身の中にも息づいていればと思います。(取材・文/若林良)

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「多くのベストセラーと、そうでない本を対象とし、ベストセラーになるための法則性を探ります。最新の技術を駆使して分析されているため、参考にして使うかどうかは別として、内容には確かな説得力があります」