「官邸人事」によって混乱に陥った農水省の知られざる悲劇

霞が関ディープスロート

農林水産省がいま、混乱に陥っている。農業協同組合(JA)制度の改革やコメの減反廃止などを官邸主導で推し進め、「豪腕」として鳴らした奥原正明前次官の人事政策の傷跡によるものだ。

奥原氏は自らの出身部局に優秀な人材を集める一方、次官候補とされる優秀な人材を退官させるなど、徹底的に対抗勢力を排除した。次官の座は現在の末松広行氏に譲ったが、顧問として「院政」を敷く形で影響力を保持し続けている。

一方、農林水産省トップの吉川貴盛大臣のリーダーシップも不在だ。政策面での方針も打ち出せず、兼務する自民党北海道連会長としても、4月に控える北海道知事選で、自身が推す候補を認めさせるのが難航した。さらに、北海道議選で周囲の反対を押し切って次男に公認を与えたにもかかわらず、最終的に取り下げたことも影を落としている。

「豪腕改革派」のもたらす弊害

奥原氏は東京大学法学部を卒業後、1979年に農水省に入り、水産庁漁政部長、農林水産技術会議事務局長、消費・安全局長を歴任し、2011年8月に経営局長に就任した。

第二次安倍政権下では、安倍晋三首相が「岩盤規制」と位置づけた農協の改革を約70年ぶりに推し進めた。自民党農林族の抵抗に遭いながらも、JAグループを束ねる全国農業協同組合中央会(JA全中)の地域農協への指導・監査権の廃止による権限弱体化などを進めた。

その後、同期入省の本川一善氏が2015年に次官に就任したため、霞ヶ関の慣例に従い、奥原氏は退官すると思われた。

しかし、菅義偉官房長官による異例の人事で、本川氏は就任から1年も経たないうちに退官し、奥原氏が16年に次官に就任した。

奥原氏はさらにコメの減反廃止などの農協改革を推し進めた上、漁業資源管理の強化や養殖業への民間参入を促す漁業改革にも着手。昨年末には約70年ぶりの改正に向けた法案の成立を実現している。

この経歴をみると、奥原氏が「豪腕改革派官僚」であることは明らかだが、省内の敵対勢力の排除にも大なたを振るった。

奥原氏は次官就任から2年目を迎えた17年夏の幹部人事で、次官候補とされていた4人(肩書きは当時)を冷遇した。エースと目された今城健晴消費・安全局長、今井敏林野庁長官、佐藤一雄水産庁長官を退官に追い込み、筆頭局長ポストの官房長の任にあった荒川隆氏を農村振興局長に格下げしたのである(荒川氏は昨年夏に退官)。

特に、同期入省でライバルだった当時の前次官・本川氏の出身部局である生産局に対する冷遇ぶりは際立っている。農水省関係者はこう嘆く。

「酪農や畜産を所管する生産局は、本来なら次官レースの保守本流コース。例えば畜産部長は酪農家との厳しい価格交渉が求められるエース級がこなすポストでしたが、奥原次官時代からはすっかり技官のポストになってしまい、懸念材料になっています。

最近話題になっている和牛の受精卵と精液の持ち出しを厳罰化する法案も、秋の臨時国会に提出されますが、担当課は技官ばかり。国会議員の先生方に説明するノウハウは事務官のものですから、きちんとした対応ができるとはとても思えません。農水省全体でも、中間管理職に優秀な事務官がいなくなっています」

 

本当に「改革」が必要なのか?

一方、奥原氏は自ら「天領」と呼ぶ経営局出身者の「イエスマン」を抜擢した。自らの腹心を、経営局長(大沢誠氏)と水産庁次長(山口英彰氏)につけたのだ。

経営局長は自身の跡継ぎということだが、水産庁次長への人事には、漁業改革に対する思惑もあった。水産庁長官に、技官としては史上二人目の長谷成人氏を就任させるという異例の人事を行ったことが補助線となる。

「要するに、矢面に技官を立たせて、実権は手下に与えるという構図です。長谷長官は国会での漁業改革法案について、野党から『漁業現場に説明が行き届いていないのでは』という質問を受けて『キリがない』と答弁し叩かれていましたが、こういう不用意な答弁は、事務官ならあり得ない。実際に我々水産族への根回しは山口氏が中心でした」(水産族の自民議員)

漁業改革のプランそのものも、奥原氏が任期を異例の3年に伸ばしたい思惑から出た、との観測までなされている。

水産業はJA全中のような中核組織を持たない。金融など信用事業の規模も、JAグループが誇る、日本の国家予算の1年分にも相当する100兆円規模に比べれば格段に小さい。

近年、漁業信用組合では統廃合の動きも進む。別の自民議員からは「改革が必要との陳情は漁協からも企業からも出ていなかった。奥原氏が主導する規制改革推進会議のためのごまかしの議論だ。農協改革の例を見て、官邸にアピールしたかったのだろう」と、当初から改革の必要性を疑問視する声が多かった。

実際、示された改革法案は全国の漁協から強い反発が予想されたためか、既存業者の権利を事実上継続的に認めると明記するなど、譲歩をうかがわせるものとなった。

奥原氏は官邸に続投を嘆願したが拒否され、昨年7月末で退官し、農水省の顧問に就任した。当時の人事を決定した斎藤健前農水相が「農林漁業の改革の一定の区切りが付いた」と判断してのことだった。