多発する児童虐待事件…「親・保護者=善人」の思い込みはリスクだ

子どもが「助けて」といえる社会に
森山 誉恵 プロフィール

学校の委員の親の話を信じてしまったケース

学校のPTAをやっていて、学校で発言力がある親を持つ子どもが、学校に虐待を受けていることを信じてもらえなかったということもありました。

野田市の心愛ちゃんのケースと似ていますが、信頼する先生に相談し、解決を試みたものの、親が「反抗期の子どものいうことを真に受けてどうするんだ」と校長先生などに怒鳴りに行き、PTAをやっていることもあって、学校側は子どもの話より親の話を信用してしまったのです

そして子どもの話を真に受けたとして、相談を受けた先生は校長からお叱りを受け、自分のせいで先生が怒られたことを知った子どもはそれ以上誰かに助けを求めることをやめたのです。

しかし、虐待や刑事事件があった時、必ず近所の人たちのインタビューで「まさかあの人が……」という話はよく出てきます。大人の世界で立派に見えるからといって、子どもや家庭内で虐待をしないという根拠にはなりません。

親・保護者の大人から見た印象に惑わされず、子どもが発する言葉・態度に寄り添うことが、子どもに寄り添う上での基本中の基本です。

子どもの虐待・ネグレクトの防止・啓発を行う認定NPO法人チャイルドファーストジャパンでは、虐待対応マニュアルを公開しました(https://cfj.childfirst.or.jp/neglect_crs/)。

子どもと親・保護者の言い分が異なる時でも、子どもの話を信じて市区町村か児童相談所に通告をすることや、子どもと保護者を同室ではなく別室で別れて面談することなどが記載されています。

チャイルドファーストジャパンの「虐待対応マニュアル」
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信じられないことですが、虐待や体罰をした大人と子どもを同じ部屋で面談するケースは本当によく聞く話ですし、子どもの支援をしている団体でも行っているケースを見たことがあります。

また、上のマニュアルにも書いてありますが、「子どもに親・保護者の説明や言い訳を聞かせてはいけない」ことも行われていないケースも見ます。

子どもと大人ではパワーバランスの違いがあります。同時に話を聞いたり、大人の言い分を聞かせたりすることは、対等に扱っているようで、まったく対等ではないのです。

私たちに寄せられる相談でも、虐待やネグレクトなどを受けながらも「私さえ我慢すればいいのに」と自分を責め続けている子どもがたくさんいます。

そんな子どもに親・保護者の言い分を聞かせてしまったら、「親をこまらせたくない」という思いで、黙りこんでしまう可能性が高いのです。

そのほかにも、学校での「親に感謝することを目的とした宿題」「保護者参観」「自分の生い立ちを振り返る2分の1成人式」「親が参加する運動会」などは、ひとり親家庭や、虐待下で育った子ども、養子・里子や施設で暮らしている子どもなどを悪気なく傷つけかねません。

その結果、「私はほかの子と違うんだ。ふつうじゃないんだ」と思い、自分のことを打ち明けづらくしてしまうリスクが生じてしまうのです。

こういった行事をゼロにすることは難しいかもしれないですが、家庭環境が多様化している現代で、こういった行事ひとつするにも、子どもたちの自己肯定感を下げるのではなく、いかに多様性を理解する契機にできるかが問われていると思います。

ただし、そのように丁寧に子どもに向き合い、多様性を理解した授業・行事を展開するには、今の学校の先生の業務量は多すぎて、学校の多くは傷つける側に回っているのが現状だと感じています。

 

インタビューで顔と名前を出して親に見つかる悲しさ

警察や学校だけでなく、子どもの支援を行うNPO・支援機関でも、同じく注意は必要です。

支援機関を利用した子どもがインタビューに答え、それを親が発見して、その支援機関に出入りしているところが見つかり、虐待環境に戻され、家のことを赤裸々に語ったことを「家の恥さらし」とののしられ、暴力を受けたケースもありました。

最近はインターネットで名前を検索すると見つかってしまうこともあります。そうすると、子どもを探している親などは、簡単にその子どもが普段どの支援機関に出入りしているのかなどがわかってしまいます。

虐待を受けた子どもたちや、虐待で施設を出た子どもたちの顔や名前を出して、インタビューしているケースは実はよくみかけます。どのNPOや団体も子どもに問題ないか確認を取ったり、細心の注意を払っているところがほとんどです。

しかし、そういったものに名前を出した子どもから「お世話になっているのに断ることはできないから、怖かったけど大丈夫と言ってしまった」という話を聞いたことが何回かあります。

私たちも寄付やボランティアなど、たくさんの方の支援を受けたことによって子どもたちを支援しているため、その成果をなんとか伝えるためにどのようにしたら良いかいつも悩んでいます。

支援者からも、実際の子どもの声が聞きたいなどと要望をいただくこともたびたびあります。しかし、私たちが支援している子どもたちは、ともすれば命の危険とも隣り合わせのケースもあります。

海外の子どもの支援に比べて、親・保護者の目に届く可能性も高く、それによって親・保護者が再び子どもに接触できる物理的な負担も少ないのです。

子どもたちの安心・安全を優先するためにも、国内の子どもの支援において、子どもたちの顔・名前を出すことは今一度再考するべき時期に来たのではないかと感じています。

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