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多発する児童虐待事件…「親・保護者=善人」の思い込みはリスクだ

子どもが「助けて」といえる社会に

千葉県野田市の痛ましい事件があり、同じように虐待をうけて育ち、同じように学校などから信じてもらえなかった経験を持つ子どもから、「私の時とちっとも改善してないんだね」と言われました。

心愛ちゃんが亡くなったことによって、この問題は脚光を浴びました。

しかし、子どもの支援を約9年間してきた中で、子どものまわりにいる大人、ましてや支援に携わる大人による「親・保護者=善人」という思い込みや、一番連絡してはいけないはずの虐待を行った親に間違って連絡が行ってしまうことなどは、残念ながら本当によく聞く話です。

私たちは長年、虐待や家庭内暴力などによって、児童養護施設や母子生活支援施設で暮らしてきた子どもたちを支援してきました。その中で子どもたちから、悪気のない大人たちの行為で傷つけられた話を聞いています。

「親・保護者=善人」によって傷つけられることが、いかに多いか。またその状況を改善するためにどうしたらよいのでしょうか。

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「親がそんなことするはずない」という残酷な言葉

虐待から逃れ、親元を離れて暮らしているある10代のケース。アルバイト先に現れたり、知るはずのない新しい学校で待ち伏せされたりするなど、あらゆる手段を利用して親に居場所を突き止められては家に連れ戻されることをされ続けた子どもからの相談がありました。

年齢からしてもう児童相談所でも扱ってもらえなかったため(17歳を超えると扱えないと断られたため)、親には知られていない住まいを確保し、住民票の閲覧制限をかけ、警察にも念のため相談に行ったのですが、その時に警察から「実の親ですし、きっと心配しているんですよ。子どものことを愛さない親なんていませんから」という言葉を言われたことがあります。

虐待から逃れているという話をしたばかりにも関わらず、その言葉を言われた子どもは何を思ったのでしょうか。

 

その子は「結局ふつうの人にはわからないんだよ」と言い、それ以上誰かに何かの助けを求めることをあきらめようとしていました。

その子からすれば、警察から「私は嘘ついている(虐待されてるというのは未熟な自分が勘違いしているだけ)と思われた」と思ったのに違いありません。

その背景には、「親・保護者=善人」で、「子ども=未熟=嘘をつきうる存在」という思いが無意識に働いたのだと思います。

もしくは、警察自身も子どもを持つ立場として、自分に反抗したり言うことを聞かなかったりする自分の子どもと自分自身に重ねたのかもしれません。

虐待などについて知識がない場合、そもそも親が逃げた子どもを捜しまわることがうまく想像できないかもしれませんが、近所や友人からしたら、突然その家の子どもがいなくなるのは、何かしら「ワケあり」と見られる可能性が高いです。

だから、親にとっては子どもを家に戻して、何事もないかのようにしたいと思うことがあるのです。「家出した悪い子」とすることで、虐待・家庭内の問題を子どもになすりつけ、親の問題ではないかのように見せたいというケースもあります。

しかし、法律や犯罪から守る立場であるにも関わらず、警察がそういった「虐待」の前提すら理解していないのは、致命的なことです。

その子どもに代わって、私たちがこれまでのその子どもがおかれてきた環境や児童相談所や施設に入所した経緯などを細かく説明したことで、やっと理解してもらいましたが、本来は警察で虐待の正しい知識や研修をうけ、対応できるようにならなくてはいけません。

私たちのような人が同席していなければ、もしかしたら警察は子どもに「いつか親の気持ちがわかるようになるよ」などと言って、家に帰していたかもしれません。こういった事例は、実際に子どもから聞いたこともあります。

そして、その子にとっては「もう警察になんて相談したって意味がない」と、親だけでなく、警察も今後頼れる相手からなくなってしまったことには変わりがありませんでした。その子にとって、警察はすでに自分一人では相談したい相手ではなくなっていると思います。

「実の親がそんなことするはずない」——警察でなくてもこの言葉は子どもを傷つけうる、とても怖い言葉です。

虐待を受けている子どもたちの事情を知らず、なんとなく「親はあなたのことを思って言っているのよ」などという言葉を使ったことで、「今親から受けていることは、私が我慢しなくてはいけないことなんだ」と思ってしまい、だれかに相談もせず、一人で抱えてしまったケースはよく耳にします。