# 結婚

アラフォー女優の告白…「私が結婚できない理由を真剣に考えた」

母は「お嫁さんにしたい女優No.1」

松下恵、女優、38歳、独身。ご本人によれば、人並みに恋愛もしてきたにもかかわらず、一度もプロポーズをされたことがないという。

親からのプレッシャーもあり、30代になるころから、1年1年が過ぎていく度に、焦燥感は高まっていった。「どうして私は結婚できないんだろう?」と考えた彼女。徹底的に自分の内面に向き合ってみることにした。

結婚したいのに、結婚できないアラフォー女優が「自分と向き合った心の旅」。第一回目をお届けします。

 

夢は『新婚さんいらっしゃい』出演!

私は、『新婚さんいらっしゃい』を見るのが好きだ。

この奥さまは、どんな馴れ初めでご主人に出会い、どんなきっかけでプロポーズされたのだろう、と思わず見入ってしまう。「男性が結婚を決意するのは、いつなのか」は、私にとって「宇宙に果てがあるのかないのか?」くらい謎で未知のテーマだ。

男性の気持ちを理解し、サポートできるだけの経済的余裕もあり、時には男性を養えるほどの稼ぎもあり、美貌を保つことを怠らず、栄養満点の美味しい料理を作り、気が利いて、すべてにおいて辛抱強く、心豊かで優しい女性……。

そんな人が男性のハートを射止め、プロポーズしてもらえるのだろうか。そういうわけではないんだろうけど、少なくとも上のすべてが、私には、ない。結婚するための努力など、なーんにもして来なかった。よっぽど自分に自信があったのだろう。結婚って、もっと簡単に、いつかポンっとできるものだと思い込んでいた。

あんなシチューエションで、こんな言葉でプロポーズされたい……。と、夢見ていた時代は終わり、今となっては、男性にどんなプロポーズをすれば、「イエス」と言ってもらえるものなのか? と必死に頭を悩ませている。

私の夢は、いつか『新婚さんいらっしゃい』に出演することだ。

もし、いつの日か結婚できた暁には、ここまでの苦労話を交えて、そこそこ面白いネタを提供できると思う。まずはスタッフとの事前打ち合わせで、こんなエピソードを話して……と、想像は膨らむ。

そして、本番で、桂文枝師匠に華麗なる「椅子コケ」をしていただくのだ。

親の七光り

私の母は『男はつらいよ』や『気になる嫁さん』に出演していた女優の榊原るみ。
私の「恵」という名前は、『気になる嫁さん』の母の役名『坪内めぐみ』から来ている。

母の結婚も、当時としては晩婚だった。どこかの御曹司との「まさかの婚約破棄!」というスキャンダルがあり、傷心旅行に出かけたスイスで、私の父と出会った。

200通ものラブレターによる遠距離恋愛の末、28歳で駆け込み結婚、29歳で出産。

母・榊原るみ、祖母と1歳の私

子供の頃から母が仕事をする姿を見て、女優という職業を身近に感じていた。だが、実際、憧れていたのは、母ではなく、『東京ラブストーリー』の鈴木保奈美さんだった。

ドラマの中で涙を流す、保奈美さんの演技を見て、感動! CMに入ったとたん、トイレへ駆け込み、鏡の前で、自分も泣いてみる……という一人遊びをしていた。

小学校5年生のとき、母と一緒に旅番組に出演させていただくことになり、当時オープンしたばかりのハウステンボスで優雅な体験をさせてもらった。

まだド素人だった私は、番組の最後に司会者から「恵ちゃん、今回の旅で一番良かった思い出は?」と聞かれ「うーん、ホテルのベッド」と答えてしまい、横にいた母が顔を真っ赤にしたのを覚えている。

旅番組のロケで。当時10歳

まだ芸能界の手垢がついてない、天然ボケの私に興味を持ってくれたのか、たまたま同じスタジオにいた大手プロダクションのマネージャーさんが、私をスカウトして下さった。

生まれて初めて、オーディションを受ける日々。選考員の方が、私の顔を見て、真っ先におっしゃるのは決まって、「いやあ、僕はキミのお母さんのファンだったんだよ」。他の子のように、テキパキと返事ができるわけでもなく、演技なんてもってのほか。しかし、なぜかいつも最終選考に残るのだ。

そして、ついに東芝日曜劇場『課長さんの厄年』で、萩原健一さんの娘役に抜擢されてしまった! これが私のデビュー作。

「榊原るみの娘」という七光りと、大手プロダクションの力だけで、その後も何の努力をすることなく、続々とオーディションに受かり、順風満帆な子役生活を送ることになる。