新宿・ゴールデン街で苦渋を舐めた、馳星周の壮絶過去

馳星周が当時を語る
馳 星周 プロフィール

自意識過剰な若者だった俺

―そんなゴールデン街で、坂本は大人の社会をのぞき込み、痛い目に遭いながらも成長していきます。常連客や近隣の名物ママに時に世話になり、時に諭されて……。

今も鮮明に覚えているのは、精神的に本当にしんどかったとき、「俺はカウンターの外側で飲むようになっても、こんなヤツらみたいには絶対にならない」と何度も何度も思ったこと。

カウンターの内側から酔っぱらいたちを観察し続けながら、彼らを反面教師にしようとしていたんです。今回、この物語を書きながら様々なことを思い出しましたが、「ああ、18歳の田舎の少年が、たった2年でだいぶ成長したんだな」と感慨がありました。

―当時、一世を風靡した著名人や、流行した映画、小説の名前が実名でたくさん登場するのも、本書のたまらない魅力になっています。

店のお客さんには、船戸与一さんや志水辰夫さん、立川談志師匠もいらっしゃいました。基本的に実名で登場させたのは、もう亡くなってしまった方々です。北方謙三さんや大沢在昌さんも来ていましたが、まだ生きている人のことは全部書くわけにもいかない(笑)。

思い返せば、あの頃の僕の生活は、酒飲んで、本読んで、映画観て……その繰り返しだった。だから、自然と本や映画の話が多くなるのです。この本で書いている坂本の生活の70パーセントくらいは、当時の僕そのままですね。逆に、恋愛については、70パーセントくらいがフィクションかなあ。まあ、そういうことにしておいてください。

 

―そうした青春小説としての完成度もさることながら、放火未遂や殺人といった、ページをめくらせる事件もしっかりとちりばめられており、読み応えがあります。

あくまで小説なので、犯人捜しの要素も入れてみました。実際にバブル前夜のゴールデン街では、不審火がよく起こっていたんです。当時は、土地の値段が高騰していたので、ゴールデン街でも地上げ屋による嫌がらせが多発していた。おそらく、そいつらの仕業だろうと、よく話題になっていました。

―作家としてベテランの域に入った馳さんの目に、今回の執筆を通じて振り返った若き日のご自身の姿は、どのように映ったのでしょうか。

やっぱり、あの頃は何ごとにも潔癖で、独りよがりでしたね。どこにでもいる自意識過剰な若者に過ぎなかった。だから、間違ったことをする人を罵ったり、心の中で軽蔑したりすることも多かったと思うんです。

50代も半ばになったいま、あの頃の自分に声をかけるとすれば、「ゆるしてやれよ」かな。君は、あの街で面倒なことや理不尽なことをたくさん経験して憤っていたけれど、そういう自分だって、決して完全無欠ではないだろう、と諭してやりたい。

長く生きていれば、今度は自分が誰かにゆるしてもらいたいと思うときが、必ずありますよね。そんなときのためにも、「人生はゆるし、ゆるされながら続いていく」ということに、早く気づいてくれたらいいな、と。(取材・文/窪木淳子)

『週刊現代』2019年3月9日号より