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新宿・ゴールデン街で苦渋を舐めた、馳星周の壮絶過去

馳星周が当時を語る

とんでもないところに来ちゃったな

―'80年代、書評家としても活躍したコメディアン・内藤陳さん(作中では斉藤顕)が新宿ゴールデン街で経営していた名物バー「深夜+1」。

馳さんの『ゴールデン街コーリング』は、そこでアルバイトをしていた馳さん自身をモデルにした主人公・坂本俊彦の日々を描く〈自伝的〉青春小説です。

この本を書くきっかけになったのは、編集者に「ゴールデン街にいた頃の青春小説を」と提案されたことでした。

時がたって、あの街もずいぶん変わってしまった。もう亡くなってしまった人も多いし、「覚えていることを書き残しておくのもいいかな」と思いました。

そもそも、北海道の片田舎で生まれ育った僕が上京し、あの店で働くことになったのは、本が大好きだったからです。

当時、陳さんが『月刊プレイボーイ』で執筆していた書評エッセイ「読まずに死ねるか!」のファンだった僕は、編集部宛てに手紙を書いたんです。そうしたら、「今度、日本冒険小説協会を立ち上げる。本好きのたまり場になる酒場もオープンする。君も大学生になって上京したらおいで」という返事が来た。

それで、「4月から東京です」と報告すると、店でのバイトに誘われたんです。

憧れの人からの頼みですから、二つ返事で引き受けた。ところが、陳さんはすごい酒乱で「とんでもないとこに来ちゃったな」と。

 

―「深夜+1」は「マーロウ」という店名で描かれます。店主の斉藤の酔態や、それに輪をかけて身勝手な客たち。彼らを相手に神経を張り詰めて働く坂本の様子は、読んでいてヒリヒリします。

陳さんが飲み始めるとバイトは「今日はどうかな」と、チラチラ様子を窺うんです。ろれつが回らなくなってくると、もう危ない。そこからは「馬鹿な客が来ないでくれ」と祈るのみ。揉めると、陳さんがバクハツしちゃうから。

客に対しても平気で罵詈雑言を浴びせる人ですから、あそこで働きたがる人間はほとんどいない。いつも人手不足でした。うっかり働き始めた僕らアルバイトの3人は、早く代わりの誰かを引きずり込んでさっさと逃げ出したいと思っていました(笑)。

しかし、あの店や陳さんもさることながら、当時のゴールデン街そのものがかなり特殊でした。夜中になると、毎日のようにケンカが起きる。誰かが路地で倒れていても、誰も気にしない(笑)。カオスな環境で過ごした学生時代でした。