桜に彩られた弘前城 photo by gettyimages

どうして築400年も過ぎているのに「城」はこんなにかっこいいのか

4月6日は「城の日」です

城のどこに惹かれるのか…

私は大学時代、心理学を専攻していた。心理学といってもさまざまなジャンルがあるのだが、私の専攻は社会心理学。ひと言でいえば、「なぜ人は限定という言葉に弱いのか」といったことをずっと考えていた。

心理学や社会行動科学の実証分析は、統計学が切り離せない。「人の外見が行動の判断に与える影響」という課題を渋谷の街でのティッシュ配りをサンプルに検証した結果、「男女問わず、顔のいい人からはティッシュを受け取る確率が格段に上がる」と実証されてしまい、大学1年生にして絶望を味わったことも思い出である。

そんな私であるので、城を見る目もどうやら独特らしい。城を取り巻く人の心を、無意識のうちに探しているようなのだ。

【写真】人の心を無意識に探してしまう
  心理学や社会行動科学の実証分析の経験からか、人の心を無意識のうちに探してしまう。城を見る時も、また然りだ photo by iStock

城の"人間臭さ"から伝わる生命力

思い起こせば、なんとなく好きだった城を本格的にめぐりはじめたのも、"生命力"を感じたことが契機だった。きっかけとなった安土城は石垣だけが残る、いわゆる"マニアックな城"なのだが、そのときの胸の高鳴りは忘れられないし、感じたただならぬオーラは筆舌に尽くし難い。

築40年のビルですら哀愁が漂っているというのに、400年以上が経つこの城の眩しさは、いったいどうしたことか。廃れた気配がないどころか、漲るパワーを宿しているではないか! スポットライトを浴びるスターではないけれど、強烈なインパクトを残す名脇役、のような存在感だ。その姿に揺るぎない強さを感じ、私はすっかり虜になってしまった。

【写真】安土城跡
  石垣だけが残る安土城。そこから感じられるただならぬオーラは筆舌に尽くし難かった photo by iStock

城に生命力を感じるのは、城が人の手でつくられ、人によって守られ、人に愛されてきたからだ。軍事施設として生まれた城は、改造され、役割を変え、ときには破壊され、本来の役割を終えてからも地域のシンボルとして親しまれ続けてきた。城の歴史は、日本人が生きた証でもあるのだと思う。

私は寺院建築にはあまり興味がないのだが、それにもかかわらず天守に心惹かれるのは、血の通った創造性を感じるからだ。そこには、建造した目的、築造時の情勢、建てた人々の願いやこだわり、見上げてきた人々の思いが詰まっている。

生まれながら特別な存在意義を持って維持と管理がなされてきた寺院建築とは異なり、城は大前提として急ピッチで築かれ、限られた条件下で知恵と技術を投じてつくられる。常にガタを抱えながら、修復と改造が繰り返され、人の都合に翻弄されながら時代の変化のなかで生き抜いてきた。

だから、辻褄合わせのような技術が用いられることも珍しくなく、人々が試行錯誤した不完全さが見え隠れする。そんなところに、私は人間臭さを感じずにいられないのだ。