私に格闘家引退を決断させた、名古屋ご当地ラーメンのあの味の思い出

やさしく肩をたたいてくれた気がして
佐藤 嘉洋 プロフィール

日本のラーメンに目指してほしいもの

店主から実際に勧めてもらった食べ方を教えてしんぜよう。3分の1はそのまま食べる。そこから卓上に置いてある自家製ラー油をかけて3分の1を食べる。そして最後は高麗人参酢を好みの量かけて食し、スープを飲み干す。ちなみに薄味のスープではあるけれど、予想以上に白飯も合う。私はほとんどの場合、寿とご飯のセットだ。

この文章を書いている途中で居ても立っても居られず、取材ノートとペンを片手に食べに行ってしまったのはココだけの話。私は好来系ラーメンの魅力に取りつかれ、すっかりのめり込んで熱中しているのだ。

嵌(はま)る…その魅力に取りつかれ、すっかりのめり込んでいる。[新明解国語辞典第7版]

嵌(はま)る…のめりこむ。熱中する。[明鏡国語辞典第2版]

通い始めた数年間は、大将と挨拶以外の会話を交わさなかった。向こうも必要以上にこちらに踏み込んでくることはなく、心地よい距離感を保ってくれていた。とはいえ私は186cmの体格。「あの人は一体何者なんだろう」という会話がよくなされていたという。

あることがキッカケとなって「K-1の佐藤選手だったんですね」と、大将から初めて声をかけてもらった。挨拶以外の会話を一切してこなかった二人は、堰を切ったように語り合った。まだ行っていない好来系ラーメンの店を、大将は親身に教えてくれた。

 

他の店を紹介できるというのは、自分の味に自信を持っているということ。「うちにはうちの良さがあり、よそにはよその良さがある。どうぞいろいろな店を試してみてください」という姿勢は、他のビジネスの成功にも相通ずるはずだ。

多彩なスープを揃えて客に色々な味を楽しませるのは、美しい。人間には誰しも欲がある。追求すれば少しずつ変わっていくのは世の常。変える側はそれを進化と呼ぶ。客を以前より喜ばせなくては改悪と評価されるのだから、覚悟を持って一歩踏み込まねばならない。まさに攻めの美学。

けれど、以前の状態を愛している人たちも間違いなくいる。「この味が通用しなくなったなら、潔く店を畳んで他の仕事を探しますよ」と、大将は笑う。自信のない頑固一徹はタチが悪いけれど、自信のある頑固一徹はいささかも不快でない。「現状に満足することは後退と一緒だ」と、経営指南書によく書かれる。だが、現状に満足することと、現状にこだわることは似て非なるものではなかろうか。

一か所に留まり続け、一つの味にこだわり続け、「拡大したい」「新しいことをしたい」という挑戦欲を抑え続け、たった一種類のスープだけにこだわって勝負する姿もまた、美しい。まさに護りの美学。

攻めの美学でも護りの美学でも、どちらがいいということはない。間違いなく言えるのは、どちらも決して不正解ではないということだ。美学のある商売には必ずファンがつく。

私は「どんぶりに入っているすべてが一つのラーメン」という哲学を持っている。お腹がいっぱいで食べられないのは仕方ない。しかし、お腹に余裕のある状態で、味が濃いという理由で完食できないのは、ラーメンのバランスが崩れているといえる。日本のラーメンは世界一うまい。とんでもなく高いレベルにある。厳しい要求になるけれど、うまくて当たり前なのだ。

では、日本のラーメンにこれから目指してもらいたい境地とは? それは調和だ。理想のラーメンは、麺もスープも具も、すべてが調和している。のちほど発表する上位2店は、個人的にはすべてが調和している。だからスープを飲み干せる。