沖縄米軍基地問題が「対岸の火事」ではないことのこれだけの根拠

沖縄の海兵隊は内地からの押しつけ
松永 多佳倫 プロフィール

地上戦部隊“海兵隊”の押し付けこそが元凶

海兵隊とは、いわゆる地上戦部隊であり、最前線で戦う最も危険な任務を遂行する部隊だ。

沖縄に在沖米軍の施設が32ある中で海兵隊の施設は11、面積は全体の66.9%を占め、軍人数は15,356人で全体の57,2%を占めている。この海兵隊は戦時中からずっと沖縄に駐留しているわけではない。

 

1950年に勃発した朝鮮戦争の休戦を機に、米軍海兵隊約16,000人をキャンプ岐阜(現・航空自衛隊岐阜基地)、山梨県と静岡県にまたがるキャンプ・マックネア、キャンプ富士(現・陸上自衛隊北富士演習場周辺)に配備するが、度重なる海兵隊員の不祥事(殺人や暴行、強姦、発砲事件など)によって住民の基地反対運動が起こり、ちょうどその時期に内地の米軍基地の整理縮小の流れを受けて、1956年2月、内地から沖縄に海兵隊の移駐が始まったことが起源となっている。

「名古屋に住んでいるとき、岐阜の各務ヶ原飛行場にブルーインパルスを見に観光バスで行ったんですが、バスガイドさんが『もともとは米軍の海兵隊が駐留しておりましたが、住民運動によって移設されました』と誇らし気に言うのには驚きました。

住民運動で米軍基地を追い出したことを誇りに思うのはいいですが、その基地がアメリカ本土に帰ったんじゃなくて、沖縄に押し付けられたことにはまったく配慮がないんです。他の県では住民運動で基地が撤廃されるのに、なぜ沖縄にはそれが許されないのか、憤りを覚えます」(沖縄出身の元大学准教授)

1970年代初頭に内地で基地を大幅に縮小される代わりに、沖縄では基地の固定化が進み、特に内地に散らばっていた海兵隊を沖縄に統合したような形となった。それから約半世紀、内地の人たちはその事実を忘れ去り、また若い世代はその事実まったく知らず、米軍基地のほとんどは最初から沖縄に集中していたと思っている。内地の人々は、過去に厄介ごとを沖縄に押し付けた歴史があることを、もう一度認識すべきだろう。

なぜ、沖縄に基地を置かなくてはならないのか? その根拠をきちんと説明できた政治家、官僚など誰一人としていない。

2005年3月18日、大野功統防衛庁長官は民放テレビで「歴史的にあそこ(沖縄)にいるからだ」と、つい本音が出してしまった。言い換えれば、ただ長年駐留しているのだから居続けてもらうのも仕方がないじゃないかということだ。

2012年12月25日には、森本敏防衛大臣が閣議後の会見で、普天間飛行場の移設先について、「軍事的には沖縄でなくてもよいが、政治的に考えると沖縄が最適の地域だ」と、辺野古沖に移設案は政治的な状況によるものだと発言したり、

また、2014年3月には、中谷元防衛大臣が、大学生のインタビューの中で、沖縄への米軍基地集中について「分散しようと思えば九州でも分散できるが、(県外の)抵抗が大きくてなかなかできない」と答えている。

さらに、2018年9月13日沖縄タイムスの一面に、『石破氏 政治的理由を認める』という記事が掲載された。自民党の石破茂が自身の公式サイトに、沖縄に基地が集中した経緯について、「1950年代、反米基地闘争が燃えさかることを恐れた日本とアメリカが、当時まだアメリカの施政下にあった沖縄に多くの海兵隊の部隊を移したからだと聞いている」として政治的要因を認める発言をしたが、9月16日までにその部分は削除された。この発言は、内地の新聞、テレビではほとんど報道されなかった。

これらの閣僚の発言は「海兵隊というお荷物を沖縄にならまとめて置いておける」と言っているのと同じことで、沖縄の中で、米軍関係者による殺人や暴行、強姦といった事件や事故が多発していて、何が“抑止力”だと言いたい!

日米地位協定は、法治国家であることの放棄

米兵が事件事故を起こすと、必ず議論となるのが、“日米地位協定”である。この協定の何が問題なのか?

琉球大学人文社会学部の星野英一教授に聞いた。

「地位協定の中で一番問題となるのは、裁判権と原状回復義務ですが、地位協定の中で検討すべきことの一つは刑事裁判権の問題です。特に、裁判権において公務執行中の作為または不作為から生じる罪においては、軍隊の構成員または軍属に対して米軍が優先的に裁判権を有するとされ、つまり日本国内でありながら日本の法令は適用されず、外交官以上の治外法権が保証されていると言えます。

日本側が裁判権を行使する場合でも、被疑者の身柄が米国側にあるときは、起訴までの期間、身柄が引き渡されないため十分な捜査ができないという問題点が生じます。1995年の沖縄米兵少女暴行事件の後、運用についての改善が検討されましたが、結局52年間、日米地位協定自体の改定は一度も行われていません」

よく知られていることだが、基地内は治外法権、公務中での事件事故に関して第一次裁判権はアメリカにあるということだ。米軍内の無法者にとって沖縄の基地勤務はバカンス気分であり、犯罪を犯しても基地に逃げ込めば何とかなると思っている有象無象の輩がたくさんいる。

「犯罪を犯した米兵は、なぜ彼らは基地へ逃げるのか。それは身柄を日本の警察に引き渡されることはないからです。自分の命を捧げるため軍に入ったのに、その軍がわざわざ差し出すはずがない。彼らがどんな犯罪を犯そうと“地位協定”に守られてしまうということなんです。在日米軍は“日本を守る”と言っても、“日本人を守る”とは言ってないですから」(大手新聞沖縄支局記者)。

沖縄の歴代知事はずっと地位協定の改善を求めてきたが、日米政府は“運用改善”という曖昧な言葉でやり過ごしてきた。

同じように米軍が駐留するドイツやイタリアでは、基地内でも国内法が適用され、主権がきちんと認められているのに、日本では、捜査権にひとつとってみても、アメリカの同意がなければ、何も手も足も出せない状態となっている。勘違いしないでほしいのは、これは、沖縄県内だけのことではなく、日本中どこでも同じ。平成に入ってから横須賀や佐世保で米兵が強姦事件を起こしたときも、犯人はまんまと逃げきっている。

中学、高校で習う日本史では、1894年、日本に在住する列強の外国人に認められていた治外法権が、睦奥宗光外相によって撤廃されたと教えられるが、そこは、1945年以降、現在でも、米軍関係者には治外法権が認められていると、正しく教えるべきではないのか。

ここ10年間に地位協定に関して、ドイツでは三度、韓国は二度、そしてイタリアも改定してきた経緯があるのに、日本はいまだ52年間一度も改定されていない。政府関係者は、「環境に関してや軍属の定義についても補足協定しており、他国に比べて根本を改定する必要がない」との見解を出している。

1995年、北谷で起きた米兵3人による少女暴行事件で反基地感情が一気に高まり、沖縄県民が一体となって改定を強く求めたが、日米政府は「殺人と強姦」については、起訴前の身柄引き渡しに「好意的配慮を払う」という誤魔化しの表現を使って、“協定の運用改善”とお決まりの言葉で濁し、改定までは至らなかった。

森本敏元防衛大臣が正月のテレビ番組でこんなことを言っていた。

「一番沖縄が強く主張するのは、たとえば米軍用機で事故があったとき、アメリカに第一次裁判権かつ第一次捜査権もあるため日本の警察は現場に入れないというのはおかしいと。そこで地位協定には書かれてないんですが、沖縄国際大学にヘリが落ちて以来、新しいルールを作って、ある一定の区域に内周境界線を設けて米軍が第一次に捜査できる以外にも日本の捜査当局もアメリカの許可を得て入ることができるようになった」

さも、日本は日米地位協定の改定に真剣に対応しているように聞こえたが、実際に改定されてない以上、すべて米軍に裁量がある。米軍が「NO!」と言えば何もできない。これではまったく意味を要さない。

本当に、日本は独立した主権国家なのだろうか。対等な主権国家という矜持があるならば、声を大にして要求しなければ不備も不平等も改善されるはずがないのに、なぜか黙っている。

アメリカも命を懸けて働く軍人、軍属を守らなければならないお家事情があり、地位協定に簡単に触れられないのもわかる。でも、同じ敗戦国のイタリア、ドイツができて、なぜ日本はできないのか。

「沖縄に基地があるのは仕方がない」という観念が人間の身体に病巣のように蝕むことが一番の危険なことであり、ますます混迷する事態を生ずる。まず人の痛みを感じることから平和が生まれるのではないだろうか。日米地位協定、ひいては沖縄基地問題は決して対岸の火事ではないことを、内地の人々にもぜひわかってほしい。