沖縄県宜野湾市にある普天間基地のフェンス(撮影/松永多佳倫)

沖縄米軍基地問題が「対岸の火事」ではないことのこれだけの根拠

沖縄の海兵隊は内地からの押しつけ

誤情報から生まれる基地問題への偏見

新聞で“沖縄”の活字を見れば、たいていの人が「また基地問題か」と容易にうんざりするかもしれない。正直、沖縄に関心ない人にとって、基地問題は対岸の火事にしか思えないのだろう。

戦後74年経った今も、解決策の糸口さえ見出せない沖縄基地問題だが、ネット社会の隆盛により誤情報があまりにたくさん出回っている。明らかな誤情報と判別できるものもあれば、それなりの知識がなければ簡単に鵜呑みにしてしまう巧妙なものもある。

 

「普天間基地が返還されると、沖縄の基地の3割が減る」
「さらなる振興予算をもらうために辺野古新基地建設に反対している」
「沖縄は基地経済で潤っている」

こういった情報は、一般的な常識とさえなっている。ネットには、日本の国土の0.6%しかない沖縄に在日米軍専用施設区域が70.6%も集中しているという事実に対し、23%、39%という不可思議な数字がみられる。23%というのは、米軍が一時的に使う自衛隊の基地の面積を含んだ上での数字であり、39%というのは、区域面積ではなく、施設数の割合を示している。沖縄の基地負担を数字のマジックで軽減させようとする魂胆が見え見えだ。

ネットでは、相変わらず「普天間基地が沖縄からなくなると中国が攻めてくる」といった類の書き込みが目立つが、沖縄県の14.7%に相当する駐留米軍基地の面積は18822.2ヘクタールあり、480.6ヘクタールの普天間基地は、基地面積全体の約2.5%にすぎないということをどれだけの人が知っているだろうか。

普天間基地を東京ドームに換算すると102個分となり、知らない人にとってはかなりの巨大基地に思えるのかもしれない。だが、普天間基地がなくなっても、3.5キロ強の滑走路2本と羽田空港の2倍の面積を誇る極東最大の空軍基地の嘉手納基地(ちなみに嘉手納飛行場と嘉手納弾薬庫は、岩国、三沢、佐世保、横田、横須賀、厚木の6主要米軍専用施設の合計面積より大きい)と、原子力潜水艦の補給基地となっている海軍ホワイトビーチ、米国外で唯一のジャングル訓練施設の米軍北部訓練場など32施設が残り、東京ドーム3903個分という未曾有の広さの基地が残っているのだ。普天間基地が返還されても米軍にとって痛くも痒くもないはずだ。

普天間基地の米軍施設。周囲には住宅が密集しており、「世界一危険な基地」といわれているもしれない。

中国からの脅威についても、通常、海上保安庁や海上・航空自衛隊が、中国の戦艦や航空機の監視警戒にあたっており、米軍の場合だと、嘉手納空軍基地の電子偵察機や対潜哨戒機などが任務遂行となるため、普天間基地がなくなっても何の支障もない。普天間基地という単語がメディアに大きく取り上げられすぎて、嘉手納基地と普天間基地が混同、もしくは嘉手納基地自体を忘れ去られているのか

普天間基地の土地に関する誤情報

「普天間基地は、もともと田んぼの中にあり、周りは何もなかった」
「商売になるとわかると、みんな何十年もかかって基地の周りに住みだした」

2015年6月25日、ベストセラー作家の百田尚樹氏が自民党若手国会議員の勉強会でこのように発言したことは大きな波紋を広げ、宜野湾市の住民が烈火のごとく怒りを示したのはまだ記憶に新しい。真意はどうであれ、有識者でありながら公式の場でなぜこのような発言をするのだろうか。

普天間飛行場の土地は元々92%が民有地であり、戦前、村役場や宜野湾国民学校や、南北に渡って宜野湾並松という街道が走る生活の中心地だった。1944年、宜野湾村には22の字があり、人口は1万3,635人。1945年上陸した米軍が、「銃とブルドーザー」で住民を収容所に入れて強制隔離して土地を接収し、家々をブチ壊し、田畑を潰して、14の字にまたがる宜野湾村の中心地に基地を造り始めた。

その14の字には8,880人の人々が住んでいた。先祖代々の土地を否応なしに奪われた住民は、基地の周辺に住むほかなかった。先祖崇拝の意識が強い沖縄の人々にとって、理不尽なやり方で先祖代々の土地を奪われることは身を切られる思いだったに違いない。住民の先祖が眠る墓や御願所は基地内にあり、今でも許可なしでは入ることができない不条理がまかり通っているのだ。

「鉄の暴風」が吹き荒れたと言われる沖縄戦。住民が暮らした地域はほとんどが破壊し尽くされた(photo by gettyimages)

「基地に反対するのは中央から金をせしめるためだ」といった声が内地から聞こえてくる。だが、彼らが基地返還を望む一番の理由は、無理矢理奪われた先祖代々の土地を返してほしいからだ、自由に先祖の墓に参りたいからだ。当然だろう。そして、飛び交う米軍機による騒音や事故、米兵による犯罪に怯えることなく安全に暮らしたいと思っている。普天間が返還されても、辺野古に新基地ができたら、その負担と危険性を押し付けてしまうことに憂いている。だから、反対するのだ。何よりも未来の子どもたちが安心して暮らせる沖縄にしたい思いが根底に宿っている。

負担間の代替地、辺野古では強引な埋め立てが進んでいる

普天間基地は74年前に沖縄戦で軍事占領され、今も奪われたままの土地なのだ。

「奪った土地に基地を造り、そこが老朽化したから新しい土地をよこせ。嫌なら代わりの案を出せ、というのは理不尽で、政治の堕落だ」

翁長元知事はこう叫んだ。