若者にこそ読んでほしい『働くということ』の変わらぬ魅力

原作と漫画版の作者がスペシャル対談
コミックDAYS プロフィール

情報が豊かな今の若者はむしろ不幸

池田:漫画版の『働くということ』を読んだ若い読者の中に、「一生懸命働くのはいいけど、雇用側がその気持ちを良いように利用するのが問題なんだ」という感想を書いている方がいらっしゃいました。

低俗に言うと「すぐそうやって会社の手先になりたがる」みたいなことを言う人がいるんです。なるほどと思う半面、それとこれとは話が別では?と私は言いたいんですが、上手く言葉にできなくて…。

黒井:確かに働きたがる人間の個人的な衝動みたいなものに対して、今度はコントロールする側の力も働くようになってきます。

僕も「いくら一生懸命お前がこういうことをやりたい、こういう物を作りたい、こういうことをしたいと考えても、考えるのは自由だけれどもここは会社なのだから、それによって利潤が生まれないようなことは何も出来ないよ。何言ったってダメだよ」というようなことはよく言われましたね。

それはその通りだと思うんです。社会的な必要を満たすことがメーカーなんかには付いてまわります。

その一方で、その会社で働いている人間の気持ちの問題というのもあるわけだから、そこのせめぎ合いというか、そういうことが問題になるところはありますよね。そんなに単純なものじゃないと思うんですね。お互いの考え方なり立場なりというのが複雑に入り組んで、それで世の中が来ているわけですから。

だから働き方と言ったって安倍晋三さんが言うみたいに、形の上から単純に表現するのは難しいと思いますね。

池田:会社に身を置いてみないと何もわからないということは、私もそれは確かなことだと思って、念頭に置いたうえで漫画版を描かせていただきました。

黒井会社に身を置くことによって初めてわかってくる、初めて見えてくるものがあるんです。概念なり知識なりで眺めたり、批判したりすることは意外と簡単だけれども、実際に事が起こってくるためには自分がそこの立場に入って、自分がよく思わないような仕事だってやらなきゃいけない。

それが働くということ全体の中に含まれているということです。そういう覚悟といいましょうかね、その程度の意識はないとやっぱりまずいんじゃないかと思います。

 

池田:それは現在でも変わらないと思います。ただ昔は「いいからやれ。そういうもんなんだ。皆そうしてるんだ」と言われて、かなり納得できる環境だったんですよ。私が就職する時代でもまだそうだったんです。

それがどんどん薄れていって、「なんで就職しなきゃいけないんだ」と若い方に問われた時に、「皆やってんだからさぁ!」と言っても説得力のない時代になってしまった。そこが実は不幸なことのような気もしますね。

実際には、学生は一斉に就職戦線に向かわされてはいるのですが、就職する際に、気を迷わせるような情報が、昔に比べていっぱいあるように感じています。

黒井:働くことの選択肢が増えているし、気の迷い、誘惑と言っていいかはわかりませんが、昔に比べて情報は豊かになりましたよね。その点については、かえって昔より大変かもしれません。

昔はしょうがないから諦めて、というところで、会社に留まれるようなケースもあったかもしれないけど、就職というものの重みが、だんだんなくなってきてるんじゃないでしょうか。

僕は15年間勤めましたけども、あれだけしっちゃかめっちゃかいろいろなことがあったにせよ、会社勤めをしたことは、大筋で間違ってなかったんだ、とは思いますね。

小説を書く仕事のためであるとしても、面白い小説を書くための筋道というのが生活の中に他にあったとして、その違う道へ行ってみようかとはやっぱり考えないと思います。

バカみたいだったけれども、そんな愚かな15年の中で自分が学んだことの大きさというものが自分にとっては大事なものなんです。もし行くんだったらば、もう一度あの道を行ってみたいという気持ちのほうが強いですね。

池田:突き抜けたからこそ、その境地に達したんですね。

黒井:突き抜けたというほど立派なものじゃないけど(笑)。社会人として15年を走り抜いてきたことは間違いないから、その中で感じたり考えたりしたことというのは、自分の中に非常に貴重なものとして残っているとは思いますね。

『働くということ』黒井千次/池田邦彦

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