若者にこそ読んでほしい『働くということ』の変わらぬ魅力

原作と漫画版の作者がスペシャル対談
コミックDAYS プロフィール

とはいえ、やっぱり人間は働くことに惹かれる

池田:前回お邪魔した時に、黒井先生は小林信彦さんと同世代とうかがったような気がするんですが、小林信彦さんも集団疎開で非常に苦労されたということを小説に書かれています。ああいう経験が、『働くということ』の下敷きになっているのでしょうか?

黒井:集団疎開の中では、いろいろな経験がありましたね。例えば高井有一さんも書いているし、小学校の5年生か6年生あたりで集団疎開に行った連中というのは、やっぱり少年時代のことを書こうと思うと、それが書き手にとっての戦争だったと気づくところがある。

集団疎開から帰ってきてからの爆撃による戦災もそうです。少年時代を書こうと思うとそこらへんの出来事が出てこざるを得ないというのは、その世代にとって自然なことなんだと思いますね。

池田:ちょっと思ったことがあるんですけども、かつてのモーレツサラリーマンと言われた、高度経済成長期のサラリーマンたちはなぜあれほど働いていたのでしょうか。やはりその前の戦争体験で苦労されているからとか、戦争よりはマシだと言うような気持ちがおありだったのか、ということを考えたことがありまして……。

黒井:それはそうじゃないと思いますね。前の戦争体験があったからということではないんじゃないかなぁ。

嫌なこととして思い出すことが、共通のものとして過去にあったということはあるかもしれませんけど、今その中で夢中になって働いてしまうということがあるとしたら、それはそれこそ労働の中の手応えなり、幻影かもしれないけど自分が求めているものがチラチラしているとか、そういうことのほうが大きいんじゃないでしょうか。

あの体験よりこちらがマシだという感じで夢中になるということは、まずないと思いますね。

池田:ひとつ疑問が解けました!

 

黒井:なぜ当時のサラリーマンは頑張れたのか、については、仕事そのものの中に人間を頑張らせるものがあって、それがその人間を惹きつけていたからだと思います。

それが何かというのはよくわからないところがありますけど、いろんな形でいろんなところから頑張りたいという気持ちを利用して、一番働けるような環境というのかな、そういう立場を作っていくということが働かせるほうの論理というか、仕事だったのかもしれないですね。

ある一定の条件が与えられたら、人間というのはやっぱり働いてしまうものじゃないでしょうか。少なくとも、ただダラダラ遊んでいるよりは生きる張り合いがあるから。

池田:それはよくわかりますね。

黒井:だから働くほうに自然に惹かれていくということはあるんじゃないでしょうかね。

関連記事