沖縄発!「ゆとり世代」「さとり世代」が社会を変える可能性

打たれ弱いがゆえの強みがある
松永 多佳倫 プロフィール

若者が主導する無党派層の力での知事選勝利

昨年の8月11日、那覇市の奥武山公園陸上競技場で『辺野古新基地建設断念を求める県民大会』が開催された。その3日前に翁長元知事が逝去したこともあり、追悼の意味もあった県民大会には大勢の県民がつめかけ、主催者側からは7万人が集まったと発表された。

 

夏の甲子園大会の開会式の取材から帰ってきたばかり私は、主催者発表の数字を聞いて耳を疑った。収容人数9000人の奥武山公園陸上競技場である。あらゆるスペースを人が埋め尽くしたとしても、せいぜい2万人だろう。まだ超満員の甲子園5万5000人の観衆の映像がしっかり脳裏に焼き付いている私には、その差は歴然としていた。いくらなんでもあまりにひどい水増しだ。

「主催者発表ってだいたいいい加減なんですよね。見ればわかりますよ。ちょっとバカにしてますよ」

キャバクラが軒を並べる松山地区でキャッチをやっている喜屋武哲夫くん(21歳)はすべてを見透かしているように淡々に語ってくれた。

場内放送で「主催者発表は7万人」と流れ、疑いもなく歓声をあげるのが一般人、私のように声高に反論するのが変人だとしたら、若者たちの冷静さこそがこれからの常識人ではないかと感じた。

政治に対し無関心な世代とも言われているが、政府が誤魔化しの連続の伏魔殿だってことを沖縄の若者たちはとうに知っている。基地にしても沖縄への基地集中の理由を、政府は「米海兵隊の一体運用の必要性」や「県外移設による抑止力の低下」などと曖昧な見解でしか述べず、沖縄に基地を置く論理的根拠をきちんと説明できた政治家、官僚など誰一人としていないこともわかっている。

「基地反対反対って言ってるけど、跡地利用をどう活用するのかも議論されていないし、アドバルーンを上げるばかりでただ騒いでいるんじゃ意味がない。政府もマスコミも嘘ばっかだし、誰に何を期待すればいいのかわからない。もっと建設的なことを話し合わなければならない。全国に基地問題を訴えるため国会前でデモ行進に参加までした翁長元知事でしたけど、それよりも沖縄の基地の構造をもっとわかりやすく全国の国民に伝えることが先決だったと思えますね」

普天間基地返還後の跡地利用については何も決まっていない

早稲田大学出身で、現在那覇市内で音楽関係の仕事をしている比嘉恵子さん(25歳)は真剣に憂いていた。実際、比嘉さんのように政治に高い関心を持つ若者たちが、昨年9月の知事選において、玉城デニーポジティブキャンペーンを主導し、戦略を立ててSNSで政策等を拡散していったのが勝利の要因のひとつとなる。これは、無党派層と呼ばれる彼らの力が、政治までも動かす初のモデルケースとなったのだ。

新しい感性こそが新時代を作る

平成生まれのゆとり世代、さとり世代を含めた20代について、50代以上の大人たちに語らせると、「挨拶がなってない」、「競争心がない」、「ストレスに弱い」、「個人主義」と否定的な評価ばかりが出てくる。だが、取材を続けて感じたのは、上記のことが本当にマイナスなのかということだ。

目上の人への挨拶にしても「こんにちはっす」とくだけた調子だし、遅刻しても「すいません」のひと言で済ませて平然としている。無礼極まりないが、無言でいることはさすがにない。言い方の問題だ。

確かに競争心は欠落しているかもしれないが、それは教育上の問題で彼らに非はない。近年の小学校の運動会を見ると、競争させてもあからさまに順位を付けない方針に変えつつあるという。また少子化のため大学側もA.O入試等の推薦制度を増やし、受験戦争という言葉も死語になりつつある教育システムでは、競争心が生まれるはずがない。ただ、その反面争うことを好まず、情報過多による影響で柔軟性を身につけている。

「大学院に通う20代前半の子たちを見ていると、どうやって穏やかに世の中を渡るのかを知っています。3歩先を見ている感じです。先を見る力というのは学力とは違います。たとえばA.O入試は内申点が重要となるので、学校の先生の顔色を伺う術を知らず知らずのうちに身につけていく。ツイッターに書き込む場合も仮の自分として書き込むので、能力が多様化されています」(沖縄の地元テレビ局の記者)

昨年は、日大悪質タックル問題に始まり、ボクシングやレスリング、体操と、パワハラが横行するアマチュアスポーツの膿が一気に吹き出すような事件が世間を騒がせた。総じて言えば、権力闘争から生まれたくだらない諍いだ。時の為政者に従わなければパージする。経済大国日本になってからの組織体系での争いの基本だ。

しかし、90年代後半からIT企業が勃興し、30代の若い社長が既存の概念をブチ壊すやり方で成長し続けてきた。IT企業のトップの特徴は、互いに仲が良く情報交換をし、相互間で繁栄を築く。もはや独善的な争いは皆無であり、互いに認め合うことが主流だ。権勢欲にとりつかれた中年以上の世代の凝り固まった固定概念などもはや無用の長物である。要は、自分がダメと気づかないおじさんたちは淘汰されるってことだ。

ある大物芸人がこう言っていた。

「かつては『M-1』などの賞レースの控え室では、芸人同士は一切口をきかず、ピリピリした空気感に満ちていました。今は出番が来ると、『がんばってこいよー』と他の芸人がエールを送るなど、和気あいあいのムードが漂っている」

ひと昔前は、強烈なライバル意識から互いに研鑽し視聴していく一方、足を引っ張り合うこともあった。今は、みんなが共同体だという意識があり協力し合う代わりに、それぞれの“個”が強くなっている。だから、大先輩の上沼恵美子をディスった動画を平気でアップするというマイナス面も生じてくるが、とにかくパーソナリティを自由に発揮できる環境になっているのだ。

核家族で育ち、大人と関わる機会の減少により他人との関わり方が解らず、怒られ慣れていないのかもしれないが、彼らの間では、ストレスの大きな原因とならないように人間関係がきちんと構築されている。人に嫉妬や妬みといった感情を抱かず、自然と輪を築き上げる。むしろストレスに弱いのは我々、40代、50代以上の世代ではないのか。