「アイヌの人に会ったことがない」という人に伝えたいこと

アイヌを撮り続けたある写真家の気づき
池田 宏 プロフィール

「アイヌ」という言葉の難しさ

転機が訪れたのは、関東に住む北海道出身のアイヌの女性に出会えたことだった。彼女の里帰りに便乗し、その地元で行われた先祖供養の儀式に参加させてもらうことができた。ようやく二風谷以外の町に住むアイヌの人たちに出会うことができ、それをきっかけに北海道での撮影の範囲が徐々に広がるようになった。

2015年9月、鮭を迎える儀式。札幌市〔PHOTO〕Hiroshi Ikeda

足りない知識を少しでも埋めようと、東京にいるあいだ、アイヌに関する本を読み漁った。しかし、文字よりも生の体験の方がはるかに強烈な印象として残り、考えさせられることが多かった。

仲良くなった一回り以上も年上の男性と飲みに行った時のことだ。 二軒目に行ったスナックのママに僕がカメラマンであることを伝えると、自然な流れで、「何を撮影しているんですか?」と聞かれた。「アイヌの人たちです」と僕が答えると、いきなりその男性が声を荒げてこう言った。

「アイヌ、アイヌって言うな。俺はアイヌって言われるのが嫌いなんだ!」

なんとなく、アイヌという言葉を使うのをその男性が避けていることに僕も気が付いていた。ママもそれ以上、僕に質問を投げかけることはなかった。こちらが何気なく言った言葉で人を傷付けてしまうことがある。アイヌの撮影を通して、言葉の難しさを痛感していくこととなった。

 

「お前」「あんた」としか呼ばれなかった

また、別の場所での出来事だ。釧路から南に30分ほど車を走らせると、白糠(しらぬか)という町がある。しそ焼酎「鍛高譚」の発祥の地としても知られているが、アイヌの文化保存活動が盛んな町だ。

その白糠で毎年11月に行われる「ししゃも祭」に初めて参加したときのことだった。数人の知り合いが白糠にできて気が大きくなっていた僕は、我が物顔で図々しく撮影をしては、一緒に酔っ払って馬鹿騒ぎして盛り上がっていた。

2014年11月、矢沢永吉を歌う。白糠町〔PHOTO〕Hiroshi Ikeda

周囲の白い目に気が付いたのは、年長者の方に呼び出され、「あんたは礼儀がなっていない」とこっぴどくしかられた後だった。よそ者が人の家にズカズカと入り込んで写真を撮る行為がどれほど人を不快にさせるかもわからずに、写真に酔っていた自分の未熟さを恥ずかしく思った。

何者かもよくわからない自称カメラマンは、「お前」と「あんた」としか呼ばれなかった。