こうした政治的な文脈で語られる一方、現代のアイヌの人々の日常を垣間見る機会は少ない。そんな彼らのありのままの姿を10年以上にわたり撮り続けているのが、写真家の池田宏氏だ。写真集『AINU』に収められた写真とともに、いまを生きるアイヌの人々と向き合うなかで彼が感じたことをまっすぐな言葉で綴ってもらった。
「純粋な日本人とはなんですか?」
「東京のカメラマン」「パパラッチ」「池田さん」「宏ちゃん」「宏」「いけひろ」――。
これらは僕の北海道での呼ばれ方だ。特にどれが良いというのではないが、呼ばれ方というのは関係性がよく表れていて、そこにおける自分の立ち位置がどういうものなのかがわかる。どんなアダ名であっても、呼んでもらえるだけで嬉しいと思いながら、全道各地のアイヌの人たちの撮影を続けていた。

2008年から北海道に住むアイヌの人たちを撮影している。最初に訪れたのは、日高地方の二風谷(にぶたに)という集落だった。アイヌの人たちが多く暮らしており、アイヌ民族初の国会議員となった萱野茂氏の地元としても知られている。
集落の中心部には、博物館とアイヌの伝統家屋である「チセ」が何軒か立ち並び、その中では伝統工芸品の製作の実演が行われていた。実演を行なっていた女性に「ご旅行ですか?」と尋ねられた。何気ない会話の中で、「純粋なアイヌの方は今もいらっしゃるんですか?」と僕は質問した。その瞬間、彼女の穏やかな表情は一変し、少し強張った感じで、「純粋な日本人とはなんですか?」と質問を返されてしまった。そしてそれに、僕は何も答えることが出来なかった。

僕の無遠慮で不躾な質問が彼女の気分を害したことは間違いなかった。最初の北海道撮影は短い滞在で終わり、東京へと戻った。その出来事にある背景を、僕なりにもう少し知ることが出来たらと思った。
大学時代から海外の民族や言語に強く興味を持ち、在学中はアフリカ東岸部で話されている言語であるスワヒリ語を学んだ。でもそんななか、僕は日本について何を知っているのだろうか、とふと思った。国内をテーマに写真を撮りまとめてみたい。そう思い至った時に最初に興味をもったのがアイヌだった。アイヌ民族とはどういう人たちなのか、という興味が湧き、そこから僕の北海道通いが始まった。
ただ、よそ者が情熱と勢いだけでコミュニティに入っていけるはずもなく、最初の2、3年はアイヌの人に会うこともままならず、悶々とした日々を過ごしていた。