子どもの成長に影響するのは「愛情」よりも「安心感」だった

世代間連鎖を防ぐ子育て論〈15〉
信田 さよ子 プロフィール

子どもの「不快」を受け止められない

育児で最初に直面するのが、子どもの泣き声です。親は戸惑い、おむつを替えたり、授乳したり、さまざまな手立てを講じます。抱っこしてやさしく揺すったり、トントンと体をたたいたりします。

それでも子どもが泣き止まないときに、思わず叩いてしまう、強く揺さぶったりする、中には首を絞めるという親もいます。

育児困難を抱える女性たちのカウンセリングにかかわった経験がありますが、深刻な虐待をくり返す女性も少なくありませんでした。

 

彼女たちはしばしば「子どもが泣くと、不安や憎しみが湧いてくる」「いらいらしたり、何とも言えない気持ちになったりする」と語りました。ときには「心臓がどきどきしたり、呼吸が荒くなったりする」と言う人もいました。

これらは育児ノイローゼと片づけられがちですが、彼女たちの反応をもっと深くとらえる必要があります。「子どもが泣く」という負の情動に対して、母親も負の反応を生じてしまうことを表しているのです。

「どうしたの、よしよし」と抱っこする以前に、負の情動を示す子どもに対して母親の身体レベルでの拒絶が起き、結果的に子どもの負の情動を拒否してしまうということです。この拒否が感覚否定です。

中には、子どもの泣き声を聞くと突然悪い記憶がフラッシュバックするという人もいました。幼いころに負の情動を受け止めてもらえずに拒絶された経験がよみがえるのかもしれません。

自分自身が負の情動を受け止められたという経験がない、負の情動を生み出す感覚が否定されてきたことが、身体レベルでの泣く子どもへの拒否感を生み出していると考えられるのです。

子どもの側の負の情動は、不快な事態に付随して起きますが、それらはすべて周囲にケアされる必要のあることなのです。

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空腹、痛み、寒さ、苦しさといった不快感は、助けを求めるために生じるといってもいいでしょう。それらが親から否定されたり、親から攻撃されたりしたらどうなるでしょう。

アタッチメントという言葉を用いれば、まさにそれが形成されることの最大の妨げになってしまうでしょう。

不快で泣くしかできない子どもが、それを拒絶されるということは、感情・情緒を受け止めてもらえないというより、もっと身体感覚に近いものがあるでしょう。

母親にも同時に起きている身体レベルの不快感は、「子どもが自分を不快にする」「子どもが自分を困らせている」「子どもが自分に敵意を持っている」という「被害的認知」につながります。

外から見ればじつに非合理的と思えるこの被害的な受け止め方は、ときには子どもへの脅えとなったり、怖れ、怒りとなったりすることもあるからやっかいなのです。

虐待のニュースを目にすると、多くのひとは「あんな小さな子にどうして」と考えますが、このような被害的認知を知ると、加害者である親たちは心底子どもから自分への攻撃性を感じているのだと思うでしょう。

子どもたちは、泣くことしかできません。だから大声で、時にはしくしくと泣いて訴えるのですが、泣くことが親の被害的認知と不快感を一層強め、「どうしてそんなに自分を困らせるのか」「泣くことで自分を攻撃しているに違いない」と思わせることになります。

こうして虐待は深化していき、エスカレートするのです。