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子どもの成長に影響するのは「愛情」よりも「安心感」だった

世代間連鎖を防ぐ子育て論〈15〉

2つの虐待死事件とDV

このところ、野田市で起きた小4女児の虐待死事件が大きな話題となっています。昨年は目黒区で女児が同じく父親からの虐待によって死亡したばかりですが、2つの事件には共通点が多いと思います。

ともに加害者が父親だったこと、おそらく母親に対するDVもあったこと、さらに子どもが一時保護されたことをきっかけに転居していること、転居にともなう関係機関の連携がうまくいっていなかったことなどが挙げられます。

 

虐待問題に詳しいルポライターの杉山春さんは、雑誌『AERA』(2019年2月11日号)で、女児死亡という虐待の2事例の共通点のひとつとして、加害者である父が仕事をとおしたアイデンティティを持てず(不況などの影響もある)、家族が唯一のアイデンティティの根拠になっている、つまり家族への依存が強まっていたことが背景にあったのではとコメントしています。

このように、仕事に希望が持てない男性にとって、唯一の自己確認の場が家族となりつつあるという現状が、DVや虐待増加の背景になっている気がします。

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「育児責任はやっぱり母にある」

一般的に、育児にかかわっているのは圧倒的に母親であり、むしろ一般のひとたちは虐待加害者として母親を想定することが多いのではないでしょうか。

野田市の事件もその後、意外な展開を見せています。虐待に加担したとして母親が逮捕されたのです。

2月4日にその報道を目にしたとき、驚きと同時に憤りさえも感じさせられました。おまけに早々に母親の実名が公開され、手錠を掛けられて逮捕される映像が全国に流れたのです。

私は15年近くDV被害者のグループカウンセリングを実施しています。もちろん参加者は女性ばかりで、身体的DV被害のない女性が約半数を占めます。

今でも多くのひとたちが、DVというと夫からの身体的暴力を連想されるように、それ以外のDVについてはあまり知られてはいません。

経済的な締め付け(よぶんなお金は渡さず支出をすべて報告させる、自分の収入額を知らせない、など)、妻の行動をすべて知りたがる、一日の行動をすべて報告させるといった拘束、人格否定の言葉、出ていけ(別れる)という脅し、などが挙げられます。

妻たちはなぜそんな理不尽な夫の言うなりになるのか、なぜ逃げないのかと疑問に思われる人もいるでしょう。

今回の事件でも、「そのような夫にくっついていたのだから妻の責任じゃないか」と考えられがちです。

DVは「パワーとコントロール」が基本にあるとされています。つまり「権力と支配」です。

グループカウンセリングに参加する女性たちは、自分がDVを受けていると自覚できるだけの知性を持ち、その状況を変えたいとするモチベーションを持っています。被害者は弱々しいだけではないのです。

一方で、彼女たちは心から夫を恐れています。DV被害の本体は、あの「恐怖心」ではないかと思います。

しかし、夫を恐れていると自覚すること自体が一種の屈辱ですから、日常生活では明るく自己主張的にふるまっています。外見からはDV被害は想像できないでしょうし、むしろ「夫を怒らせる生意気な女性」という誤解を生んだりします。

ちょっとしたことで「別れる」「出ていく」「出ていけ」と言われた、突然わけもわからずキレられた、殴られた、壁を蹴られたといったときの恐怖が積み重なり、もう二度と夫を刺激しないでおこう、言うとおりにしておこうと思います。DVの目的は、このような支配を家族の隅々にまで行き渡らせることなのです。

こういった「支配の構造」が理解されず、夫の虐待を見過ごした、容認した、加担したとして逮捕された母親のことを思うと複雑な思いです。

それに彼女は、亡くなった長女を守り切れなかった、虐待を止められなかった自分を責めていたに違いありません。