東大教授が教える、歴史を〝正しく〟学ぶための「4つの手順」

<日本史のツボ>のツボ 第1回その①
本郷 和人 プロフィール

対照的なのがアメリカです。ぼくの年若い同僚がイエール大学に出張してきたのですが、同大学の図書館には日本では考えられないほど豊富な資金があるそうです。しかも日本の古文書の現物が買えるなら、積極的に購入したいと希望しているというのです。

明治以来、『平治物語絵巻』など、日本の美術品の優品が少なからず海を渡っています。日本にあれば国宝まちがいなし、というものもありました。最近でも運慶作の大日如来がオークションにかけられ、あやうく国外に流出するところでした。

こうしたことは絶対にあってはならない、そうぼくは思っていました。

でも最近、考えを変えました。大切に扱ってくれない国や秘蔵してしまう個人は問題外としても、保管の技術を有していて、日本の研究者の指導を受け入れてくれる機関であれば、むしろ積極的に買ってもらうべきではないのか。

人知れず捨てられるよりは、その方が良いのではないでしょうか?

研究の第一歩は、史料読解から

話がそれてしまいました。その豊富に現存する史料、これを読むところから、日本史の研究は始まるわけです。

大学で歴史学を専攻すると、古文書や古記録の読解を教わります。崩し字(草書体)で書かれているものが多いから、まずはそれを脳内で楷書体になおす。疑似漢文(和風漢文)で書いてあるので、脳内でレ点や一・二点をつけ、送り仮名を付しながら読んでいく。

さらに古文書では、文書の形式が重要です。何という形式の文書なのか。下文(くだしぶみ)か下知状(げちじょう)か御教書(みきょうしょ)か。この書式が使われているということは、どういう意味を持つのか。

また古記録を読むには独特の言い回しや知識も必要になります。このような努力を重ね、史料に親しむことによって、史料が伝えてくれる史実を把握できるようになるわけです。

ぼくが勤務する史料編纂所は、根幹の業務として『大日本史料』という史料集を編纂しています。史料が明らかにする史実を、年月日順に書き上げていくのがその仕事です。

あとの回でも触れますが、中国には「易姓革命」があります。王朝が根こそぎ否定され、それまでとは異なる姓をもつ皇帝が立つ。劉姓の漢が倒れて曹姓の魏が立つ、朱姓の明が倒れて、異民族で愛新覚羅姓の清が立つ、などです。

このとき、後に樹立された王朝は、前代の王朝の歴史を編纂する義務をおびます。たとえば明王朝の誕生から滅亡までを叙述する『明史』は清王朝によって編まれました。17世紀中ごろに編纂が始められ、あの乾隆帝の4年、1739年に完成しています。

では最後の王朝となる清の歴史はどうかというと、中国共産党が『清史』の編纂に当たっており、2016年1月1日、『清史』初稿の完成が『人民日報』で報じられました。

いっぽう日本は皇室は万世一系で、次の王朝が前の王朝の歴史を・・・という事態がない。それで、国家の歴史の編纂は『日本書紀』『続日本紀』『日本後紀』『続日本後紀』『日本文徳天皇実録』と続き、光孝天皇までを記した『日本三代実録』が901年(延喜元年)に完成したのを最後に作られなくなりました(以上の六つの歴史書を『六国史』といいます)。

そこで明治になってから、明治天皇の命令として、『六国史』以降の日本史編纂が史料編纂所に命じられました。ところが歴史の解釈はさまざまで、これが解釈の決定版だ!と定めるのは容易ではない。そこで史料編纂所の先輩たちは、まずは史料を翻刻して載せていく『大日本史料』を編纂することにしたのでした。