海外も注目!伝統の「ジャパン」漆を科学してわかった「すごい秘密」

縄文人も博物学者も愛用した理由
瀧澤 美奈子 プロフィール

大敵は直射日光!

ただし、そのような漆も決して万能ではなく、泣きどころがある。

最大の敵は、紫外線だ。屋外や、室内でも日の当たるところに置いておくと、数年でボロボロに白化する(しかしこれとて、耐久性の高いプラスチックが海洋などで新たな問題を引き起こすのを見れば、案外、大事な性質かもしれないが)。

漆製品を長く使うには、日の当たらないところで使い、保管するほうがいい。とはいえ、漆器のようなものは大切にしまい込むのではなく、「洗って拭く」ことを繰り返すことによって適度な湿度が保たれ、長持ちするようだ。

また、漆製品全般にいえることだが、常温・常圧下で化学反応がゆっくり進む。

「お肌と同じです。直射日光や乾燥しすぎには気をつけてほしいですが、それ以外に難しいことはありません。水洗いも大丈夫です。使い込むほどに艶が増し、色味が明るく変化します。ぜひその変化を楽しんでください」と牧野さんも話す。

いよいよ漆が劣化した場合には、塗師に修理してもらうことで新品同様の美しさを取り戻せる。高級品を日常使いし、修理しながら次世代に引き継ぐ──。これこそが、漆の本当の魅力なのだ。

漆の人工合成が実現する?──でもその必要性は…

前述のとおり、漆は、天然のウルシの木一本からわずか200mlしかとれない高価な存在だ。

明治45年、その主成分であるウルシオールの構造を決定したのは、日本の有機化学の育ての親といわれる真島利行(まじま・りこう)である。

その後、ウルシオールの合成が研究され、現在ではウルシオールを高分子化学の手法で人工的に合成することが可能になっている。しかし、ウルシオールだけを合成するにも、高価な試薬を使った多段階の合成が必要なため、天然木から採取するよりもコストが高く、いまだ実用的ではない。

それに比べ、天然のウルシの木の細胞の中には、理想的な効率性や選択性が備わっていて、ウルシオールのみならず、漆の硬化に必要なラッカーゼ酵素、ゴム質、含窒素物まで同時に合成している。

将来的にはおそらく、実用的な人工漆が技術的に可能となるだろうが、それが本当に必要な技術かどうかは見極めが必要かもしれない。塗っては乾かし、研ぎ出すという手仕事に価値があるのであり、大量生産・大量消費へのアンチテーゼとして、修理しながら大切に使う上質な漆芸に利用してこそ、価値が保てるのではないか。

世界に一つの「手に入る芸術品」

「ヒロコ、日本に行ったら何を見せてくれるの?」

服飾デザイナーを志して専門学校を卒業し、イギリスとイタリアに滞在していた20代のころ、牧野さんは現地の友人からこう訊ねられたことがある。

ガーデニングやお茶の時間を楽しみ、人々がゆったり生きるイギリス。歴史的建造物・職人の技などの古いものと、最先端のファッションなど新しいものが同居するイタリア。それぞれの国に感じる魅力は、自分の国とは違う「文化」であることに気がついた。

日本人は欧米の文化ばかり追っているのではないか──。

牧野さんはそのとき、そういう危機感を覚え、「日本文化に携わる仕事をしよう」と決めた。そして帰国するとすぐに、青森の津軽塗の工場に入り、働きながら漆塗りを学んだ。

それから20年余り──。現在、世界中からカスタムメイドの漆塗りの注文が殺到していることは冒頭で紹介したとおりだ。

牧野さんは、それぞれのオーナーの好みをていねいに聞きながら、万年筆に「唐塗り」や「時雨(しぐれ)塗り」、「螺鈿(らでん)」などの多彩な加飾を施している。

唐塗りや時雨塗りは、漆液に卵白や豆腐を加えて粘りを出し、刷毛目を生かした模様で装飾する手法だ。

螺鈿は、貝殻の虹色の真珠層を切り出した板を装飾としてはめ込む手法だ。

【写真】牧野さんの塗った万年筆
  世界中の万年筆ファンを魅了する牧野さんの作品

こうしてできた万年筆の漆芸は、オーナーの個性をも表現しており、まさに世界に一つの「手に入る芸術品」である。

デザインは、津軽塗の伝統を色濃く映したものから、全面に細かな螺鈿と水玉が敷き詰められた、まったく新しい感覚のものまで個性豊か。もともと服飾デザイナーをめざしていた牧野さんならではの作品たちかもしれない。

「苦労も多かったですが、いまはみなさんが喜んでくださるので、やめないで良かったとつくづく思います。彼らとSNSやメールでやりとりをしていると、言葉は英語だけど、そのたびに海を超えているなんて思えないほど身近に感じます。親日家も多いんですよ」と笑う。

漆塗りは時代の変化に翻弄されながらも、本格的なグローバル化でいまふたたび日本文化を世界に伝えている。

「個性の追求」が輝きを増す時代──。もう一度、日本のものづくりの原点をさぐり、温故知新に考えをめぐらせてみたくなった。

〈参考文献〉

〈取材協力〉