海外も注目!伝統の「ジャパン」漆を科学してわかった「すごい秘密」

縄文人も博物学者も愛用した理由
瀧澤 美奈子 プロフィール

かつて日本を象徴した“japan”

日本の漆器のうち、美しい装飾をほどこした蒔絵は、平安時代に発展したといわれている。

400年前の大航海時代にヨーロッパに知られると、たちまち彼らを魅了した。漆工芸品は「ジャパン(japan)」とよばれ、ヨーロッパの王侯貴族が競って収集した。

なかでも、マリア・テレジアとその娘マリー・アントワネットは、漆芸をこよなく愛したことで知られる。

マリー・アントワネットにいたっては、1781年に母マリア・テレジアの遺品として約50点の漆器を譲り受けたのをきっかけに漆の魅力にとりつかれ、自ら集めたものと合わせて100点あまりのコレクションをヴェルサイユ宮殿の「黄金の間」に飾った。

【写真】M・アントワネットと黄金間への入り口
  マリー・アントワネット(左)の寝室に続いて黄金の間がある(写真右の右方)。黄金の間は、彼女のプライベート・ルームとして使われたという photo by gettyimages

日本の漆器の輸出は、16世紀末から19世紀にかけて、ほとんど切れ目なくつづいた。これらは、ポルトガルやスペインの商人の求めに応じて最初から海外に輸出する目的で製作されたもので、花や鳥、日本の風景をモチーフにした異国的な味わいをもっており、「南蛮蒔絵」や「南蛮漆芸」とよばれた。

つねに需要が供給を上回る状態であったため、国内にはほとんど残っていないが、ヨーロッパ各地の美術館や博物館で現在も所蔵・展示されている。

科学の目で見た漆とは?——一本の木からたった200ml!

いよいよ漆のサイエンスを見てみよう。

樹木のウルシ(Toxicodendron vernicifluum)の幹に傷をつけると、その傷口から乳白色の樹液が滲み出てくる。これは本来、ウルシが傷口をふさぐために分泌したものだ。

それをかき集めたのが「生漆」で、精製などの工程を経て、塗装に使う漆液となる。一本のウルシの木からは、わずか200ml程度の漆液しか得られないため、たいへん貴重であり、それだけに高価でもある。

【写真】牧野さんの用いる漆
  牧野さんが用いている漆液。一本のウルシから200mlしか採れない貴重品だ

この漆液の成分はどうなっているのか。

漆液は、いくつかの物質からなる混合液である。主成分は脂質成分であるウルシオールで、そこに水に溶けるゴム質とラッカーゼ酵素、水にも油にも溶けない含窒素物とよばれる糖タンパクを含んでいる。

バターやマヨネーズと同じように、水と油が混合したエマルションだ。バターのように(マヨネーズとは逆に)油の中に水が分散した状態になっており、油分であるウルシオールの海に、ゴム質とラッカーゼ酵素、含窒素物の水滴が島のように浮かんでいる。

漆が「乾く」とはどういうことか

液体の漆は、器などに塗った後に固体に硬化し、安定した膜になる。この性質があるからこそ、漆は上質な塗装材料となる。

漆芸の基本作業は、液体の漆液を器などの表面に1層塗っては硬化させ、またその上に1層塗っては硬化させることの繰り返しである。ひとつの漆器を完成させるのに、10層以上を塗り重ねることも珍しくない。硬化をコントロールすることが、仕上がりの良し悪しに直結する。

この漆液の硬化のことを、塗師は「乾燥」とよぶ。

しかし、漆液の硬化現象は、乾燥と聞いてふつう私たちが思い浮かべるような水分の蒸発とはまったく異なる。酵素と酸素によって、漆液中のウルシオールが固体の高分子に変化する重合反応なのである。

メカニズムはすこし複雑だが、まず、漆液に含まれるラッカーゼ酵素がウルシオールを酸化(酵素による酸化)し、その後に空気中の酸素がさらにそれを酸化するという、2段階の反応によって硬い塗膜になることがわかっている。