「普天間運用停止」本当に辺野古以外の解決はなかったのか

元米海兵隊幹部が振り返る
ロバート・D・エルドリッヂ プロフィール

解決策その1 勝連構想

日米同盟における相互運用性を高め、合同や共同使用の基地の可能性を最大限にする最も効果的な案は、勝連構想だ。

この案は、那覇基地、那覇軍港、キャンプキンザ―、そして普天間飛行場を、うるま市の勝連半島(与勝半島)に新たに埋め立ててつくる集約基地に纏め、自衛隊の管理下に置くもの。

それによって膨大な土地返還ができ、なおかつ基地が人工島にあり完全に海側にあるため、危険性や騒音の問題は全くない。

一番近い住民は、2.5km離れた場所に住んでいる。実は以前に相談され、条件付きで計画を了承済みであった。

この構想は、普天間問題の一番大きいな教訓を盛り組んでいる。すなわち、人が住んでいる、あるいは住めるところで飛行場をつくることは出来ないと言うことだ。

このことは、辺野古案が根本的に間違っている理由の1つでもある。つまり、辺野古の飛行場、将来の「海兵隊名護飛行場」で飛行運航が始まれば、翌日、「ウルサイ!」「キケン!」という抗議の電話が、私が以前勤めていた海兵隊のオフィスで必ず鳴るだろう。

 

このような抗議を受けないためという理由で、日米両政府は普天間の移設を決めた。これでは基地の移転をしても、何も変わらないし、何の解決にもならない。

しかも、辺野古と違って、勝連は軍民共用の施設になるため、民間機も利用できる。それによって、爆発的に増えている観光者の対応がしやすくなり、そして特に中部、北部への貨物の対応もできる。

那覇空港の混雑や那覇の渋滞は著しく緩和できる。辺野古案に100の問題点があるように、勝連案は100のメリットがある。詳細を知りたい読者に、拙著「緊急政策提言 沖縄の基地問題への実行性のある、包括的かつ長期的な解決 および日米同盟の真の強化へ」をご覧いただきたい。

もともと勝連構想は、日米両政府が普天間の代替施設の再検討をしていた2005年に私が提案した。

しかし、両政府とも、一旦死んだ辺野古案を、救急救命士のように一生懸命生き返す事を目指しており、国防総省の長官室の関係者が勝連構想は「ベスト・ワン」と認めていたにも関わらず新しい提案を受け入れようとしなかった。

国防総省の日本上席部長の文書の返答は、「日本政府が提案しないといけない。だが、日本政府が提案するのに、沖縄県が提案しないとだめ」というものだった。

勝連構想の利点の1つは、建設のスピードだ。少なくとも40年もかかる辺野古案と違って、勝連はおよそ3年しかかからず、しかも、僅かのコストで済む。

これは、沖縄市泡瀬案や那覇空港の第2滑走路のような埋め立て事業であるが、埋め立てには周辺の砂と死んだ珊瑚などを吸い上げて利用する。

沖縄の他の地域、日本本土あるいは、検討されていた中国から輸入しなくていい。その近くにある宮城島と平安座島(両方とも、うるま市)の間にある広大な人工島と同じ工法を使ってつくる予定だ。

何もかも一から建設するもので、全ての電気、下水道、その他のパイプラインなどは、最新の製品、最新の方法でつくりながら埋めていける。

辺野古案のキャンプシュワブでは、50年代以降から作ったものが多いため、全てのものが取り壊してから再建しないといけない。それによって、コストと時間は倍どころか、3倍、4倍かかる。

さらに、地形が斜めであるため、基地の地盤が完全に作り直す必要がある。地盤沈下や地面が固める時間がかかるなどの問題が以前から出ている。また、大浦湾は、35~38メートルぐらい深いところがあるため、埋め立てた部分が固まらないとその上の工事が始められない。

それに対して、勝連構想の予定地(浮原島と南浮原島の間とその周辺)の海は浅く、砂や死んだ珊瑚は直ぐセメントのように固まる。埋め立て工事は1年で終わり、基地の工事は2か年。

本島と埋め立て地をつなぐ2つか3つの橋(その1つは弾薬専用のため)は、同時並行で建設できる。橋の問題があった場合、基地に軍港もついているのは、船で人、車、荷物の移動ができる。先述した既設の人工島にあるCTS(石油中継・備蓄基地)からパイプラインを引く約束が獲得されているので、燃料の補給の心配もない。