紀州のドンファン「遺言書」に浮上した、新たなミステリー

まさか、そんなことが…
吉田 隆

いつ作られたものなのか

そう言いながら社長は、倉庫にしまっていたある書類を探し出した。その書類とは、ドンファンの会社との過去の取引を記録したものだ。そこには確かに、この金封筒をドンファンの会社に納入したのは、2013年の12月からであったことが記されていたのだ。

野崎氏の会社への金の封筒の納品書

「書類を見ると、2013年の2月の時点では、野崎さんの会社には白い封筒を納品していました。金色の封筒は、その時にはなかったと言い切ってもよいと思います」

印刷会社の社長が提示した、野崎氏の会社の白と金の封筒。金の封筒を納品したのは2013年の12月以降であるという。であれば、2013年2月時点で、X氏のもとに野崎氏から送られたという金の封筒は何だったのか…

…ということは、X氏のもとに届いたという封筒は、いったい何だったのか。

もう一度確認をしよう。

X氏によると、野崎氏から遺言の入った封筒が届いたのは、2013年2月のこと。「いごん」にもはっきりと、「平成25年(註:2013年)2月8日」と記されている。しかし、印刷会社の社長によると、この時には、遺言の送付に使われた封筒を野崎氏の会社に納入したことはなかった――。

 

では、この封筒はいつ作られたもので、いつX氏のところに届いたのだろうか。X氏は「いごん」を提出する前から今もマスコミの取材は拒否し続けている。

この封筒のナゾについての解明もさることながら、もう一点、「いごん」で「田辺市への遺産の寄付」が表明されていることも大いに気になる。万が一にもこの「いごん」が野崎氏本人によるものでないとすれば、なぜ田辺市への寄贈を求めているのか……。

・なぜドンファンは「いごん」で、田辺市への寄贈を表明したのか
・封筒を含め、この「いごん」は本当にドンファンが作成したものなのか
・遺産の行方はどうなるのか
・ドンファンの死については、このまま真相がわからないままなのか――

まもなく野崎幸助氏の一周忌を迎えるが、ミステリーは増えるばかり。生前の野崎氏を知るものとして、その日までにひとつでも多くの真実が判明していることを願うばかりだ。

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