脳にとって「真実」はなかった? 「心」をめぐる常識が崩れるとき

脳科学者が高校生に真摯に語ったこと

むしろ池谷氏と生徒のやりとりからは、これまで常識とされていた心の姿が崩れたことによる彼らの戸惑いが感じられ、池谷氏も脳科学を“絶対に答えに行き着けないことを運命づけられた学問なのかもしれない”とコメントします。

脳について脳を使って考えること、心のことを心で考える入れ子構造は、その性質上矛盾を孕むものだからです。

この本から学べることは、心とは何か? という問いに対し、安直な答えに飛びつくことも、神秘的で不思議なものとして遠ざけることもしない、という態度ではないでしょうか。

パラダイムシフトを起こすほどまったく新しい心の見方を示しながらも、研究にもとづいた慎重な姿勢を忘れない。脳科学で「心」を論じることは、そんな風に大胆さと謙虚さを兼ね備えた行為である……その鮮やかな手腕には、あらためて嫉妬してしまいます。

brainPhoto by amy leonard / Flickr

脳科学は「絶対に答えに行き着けない」学問

池上氏は脳科学を「学際型(文理融合型)」と位置づけ、「さまざまな学問を横断し、今まで無縁だった分野を結びつける接着剤の役割を果たす」と補足します。だとすれば、嫉妬の感情を抱くのはナンセンス。抱くべきは、協働への意識かもしれません。

先ほど本文中から「脳科学は絶対に答えに行き着けない」という言葉を引用しましたが、池谷氏はこのことを “脳科学者にとって一番おいしい部分、「解明していくプロセス」は永遠に残り続ける”ことなのだとも書いています。

それは完成しないパズルをやり続けるようで、外からは滑稽に見えるかもしれません。ですが、結果ではなく過程を面白がれる人にとっては、むしろ人生をかけて付き合っていけるテーマとなるのではないでしょうか。

どんな学問においても、「心」は永遠の謎であり続けるでしょう。その謎を解き明かすプロセスは、さまざまな学問の叡智を結集することで、より多彩に、豊かになっていくはずです。

本書は、そんな風に心をめぐる終わらない旅に繰り出す人にとって、思考を支える杖のような存在になる一冊です。

文・小沼理
ライター/編集者
1992年富山県出身、東京都在住。ウェブマガジン「アパートメント」編集人。