〔PHOTO〕岡田康且

たかまつなな「なにも言えない社会になってしまう前に」

明文化されたルール、は可能か

最近、バラエティ番組、「お笑い」の世界がたびたび物議をかもしている。

「バラエティ番組での“いじり”はイジメとなにが違うのか」「女性芸人への“ブスいじり”はセクハラじゃないのか」「芸人は政治的発言をしてはいけないのか」――。

セクハラ、パワハラに対する世間の目が厳しくなるなか、議論が活発になっている。一方で、その状況を「笑いが分かっていない」「空気を読め」と嘆く人達もいる。

今年に入ってからも、ダウンタウン・松本人志がフジテレビ「ワイドナショー」(1月13日放送)内で、NGT48のアイドルへの暴行事件の話題になった際、HKT48の指原莉乃に「お得意の体を使って」と発言。「セクハラだ」と批判の声が多数上がった。

指原が後日Twitterで「松本さんが干されますように」とイジるように返し、フジテレビサイドも「問題があった」と謝罪した。

そんな状況について、積極的な発言を続けるのが芸人のたかまつななだ。お笑いを通じて政治に関心をもってもらうことを目指す会社・笑下村塾を立ち上げ、日本で数少ない「社会風刺ネタ」を行う彼女。松本の発言についても自らのブログに、「松本人志さんのセクハラ発言を真剣に考える」と題したエントリーをアップした。

「芸能界はセクハラの温床だった」としたうえで、

「松本さんが干されますように」とtwitterで指原莉乃さんが発言した件。「よく噛み付いた」「オチをつけた」意見が別れる。どちらからも嫌われないよう確信犯的に指原さんがやってるから凄い。けどなんか違和感。両者の捉え方の溝は深い。交わらない気がする。女芸人の私は、どちらの感覚も分かるから悲しい。こうやって社会は分断されていくのかな。。

 差別をなくそうとしすぎると、自虐ネタも許されず、沈黙の社会が訪れる。女芸人には、ブスと言われて「おいしい派」と「怒る派」がある。ブスと言われて、報われる人もいる。自分のコンプレックスや短所を笑いに変えた瞬間の喜びは大きい。でも、嫌な人を執拗にいじるのは違う。(私はおいしい派)

 「笑い」という名のもと、何でもやって言い訳ではない。大御所が言ったから許されることは絶対にない。そんな時に下のものが抗える技術、それは「ルール」(法律や就業規則)と、「笑い」なのだと思う。自分の意見を笑いで伝える技術も大切。私はセクハラが多い芸能界を笑いで交わしてきた。

とつづったその内容に、さらに多くの声が寄せられたのだが、その反応そのものが、いまの芸能界やテレビの世界、いや、日本を覆う問題を考えさせるものだった。

たかまつは「なんでもかんでもダメと言っては、議論が止まってしまう。一方で、私たちは自らを守るためにも、明文化されたルールを作る必要がある」という。くわしく話を訊いた――。

 

自分にしか言えないことがあるんじゃないか

――松本さんの発言はどう知ったんですか?

たかまつ:Twitterのタイムラインでたくさん話題が回ってきたので、それで知りました。放送をリアルタイムで見ていたわけではないです。そして指原さんのツイートを見て、「ああ、これはすごい対応だな」と思ったんです。それはたぶん、多くの人が感じたのと一緒で。

でも、指原さんの対応にすごく共感する部分もありながら、一方で違和感も覚えたんですよね。というのも肯定派・否定派の「両者」がまんまとそのツイートに引っかかっている感じがしたから。つまり、松本さんに対してあれはセクハラだと訴え怒っている人は“よくやった”と言うし、お笑いが好きで松本さんを庇いたい人は“オチを付けた”と言う。これでは両者のあいだの溝は埋まらず、社会が分断されてしまうな、と。

だから、なにかこの問題について発言すべきだろうなと思いました。女性であり芸人であり、また事務所に所属していない身である自分にしか言えないことがあるんじゃないかと。

私が言いたかったのは、芸能界を変えていかないとダメだけど、むやみに発言の自由を封じる流れになってほしくない、ということ。だから、どちらかというと松本さんを擁護したかったんです。

〔PHOTO〕岡田康且

――たかまつさんの発言は、「松本人志に異を唱える」という文脈でネットニュースになりましたね。

たかまつ:ネットニュースで取り上げられたら、「松本批判」みたいな真逆の論調になっちゃって、「ん?」となりました。「不謹慎も差別も全部ダメだ!」と議論を狭めていくと、なにも言えない社会になると思うんです。