32歳で現役復帰した、高橋大輔の決意

「やっぱりスケートが好きだから」
週刊現代 プロフィール

フィギュア界ではない方々と出会えたから

――2014年の引退当初は抜け殻となり、スケートから気持ちが離れた時期があったものの、海外留学から帰国してからは次の目標を探すため、アイスショーをはじめ、キャスターなど様々な仕事に体当たりで挑戦されました。

高橋:何でもやってみないとわからないと来た仕事はみんなやりましたが、キャスターは本当に向いてなかった。しゃべればしゃべるほど自信がなくなっていって。自分は本当に体を使って表現するパフォーマンスの仕事が向いているのだとわかりました。

――その中でも、高橋さんがスケートを軸に、パフォーマーとして生きていく覚悟をされたのは、米国のプロのダンサーと競演したダンスショー『LOVE ON THE FLOOR』と、歌舞伎とフィギュアを融合させたアイスショー『氷艶 hyoen2017「破沙羅」』の影響が大きかったそうですね?

高橋:陸の上でのダンスは、スケートとは全く違う体の遣い方をしないといけなかったので、自分の足りない部分や学ぶべきことを体感しました。『氷艶』は、僕たちはもちろん、歌舞伎の錚々たる役者の方々にとっても、氷上での全く新しい挑戦。貪欲にいい物を作りたいという彼らの姿勢を間近に見られたのは、貴重でした。

また、苦手なキャスターの仕事でもいい刺激はもらえたんです。たとえば各界のエンタメで活躍する方々の取材で、みなさんが本当に生き生きされている姿を見て、自分もそうありたいと思いました。引退後、やりたいことを見つけることすら特別なことだとわかりましたが、自分にはスケ―トがあり、まだ輝けるチャンスがあると気づけた。引退からの4年はしんどい時間でしたけど、あれがなかったら今の充実した時間は味わえていないと思います。

――今回、浅草の物件が発表されたマンションのトータルコーディネートはお仕事の中で異色です。まだ復帰の決意前に、高橋さんの子供の頃の夢が建築士だったことを知ったスカイコート株式会社が依頼したとか。スポーツとは違うお仕事、いかがでしたか?

高橋:すごく楽しかったです。会議に出席すると、最初は用語などもわからずぽか~んとしてしまうこともありましたが、徐々にわかってきた。同じ自分の感性を使うにしても、スケートは自分の体を使って表現するので、自分が納得すればいいのですが、物件のコーディネートは違う。いろんなプロの方とのつながりや、制限の中で、できることを模索し、何かを成し遂げる経験を初めて体験させていただきました。

 

――全日本で準優勝後、世界選手権の選択権を辞退し、若手にチャンスを譲りました。5年ぶりに日本で行われる大会なので、辞退を惜しむ声も多く、賛否両論だったのではないでしょうか。

高橋:いろんな意見があって当たり前で、どの意見も正解だと思います。ただ自分は素直にそう思ったので、人の意見に左右されることはありませんでした。復帰は自分のスケートを取り戻すもので、世界で戦う覚悟が持てていなかった。覚悟がないなら出るべきではないと思います。引退前には怪我で出られなかった、日本での世界選手権のチャンスが再び回って来たので、僕も出られるものなら出たかった。でもやりたいことと、やるべきことは違うと思うんです。

――でも、戦って自分で正当に得た権利ですよね。

高橋:それだけ、僕にとって世界選手権は重みがあるということです。自分の立場を冷静に考えてすっきりした気持ちで過ごせる選択肢はそれしかなかった。