今、アメリカでなにが起きているのか?「AOC現象」が象徴すること

インスタ政治、その未来
池田 純一 プロフィール

彼らは「越境感覚」をもっている

とはいえここで疑問を感じるのは、この民主党の左傾化は、シュルツやトランプが危惧するような「社会主義の浸透」という理解でいいのだろうか、ということだ。つまり、「社会主義」というラベリングは適切なのか?という問いだ。

結論から言うと、年配のサンダースならまだしも、AOCならびにその若い支援者たちまでも、従来どおりの社会主義者というイメージで括るのはあまり適切ではないように思える。

むしろ、世界主義者(コスモポリタニスト?)とでもいうべき存在であり、彼らはそのような世界主義の具体的現れとしてのアメリカ、ならびにそれを支える思想信条である「アメリカニズム」に確信を抱いている。

 

というのもAOCとその仲間たちには、ヒスパニックだけでなくアジア系――それも東アジアではなく、南アジアのインドやパキスタン、あるいは西アジアである中東諸国――など、1965年の移民法改正以後にアメリカに渡ってきた、比較的新しい移民世代が多いように思えるからだ。

実際、AOCと共生関係にあるJustice Democratsの中心人物にはインド系やヒスパニックが散見される。彼らは、アメリカが広く世界に門戸を開いていることで人生を変えることができた具体的な経験を、親や親類縁者の言葉から、あるいは本人自身の体験から知り得る世代だ。「移民」としてのアイデンティティをたどるきっかけを、自らの生育環境の中でいまだに生々しく保持している。

それが、彼らの移民政策に対する嗅覚を独特のものにしている。国境を越えなければならない人たちの動機や理由について理解し、アメリカ国外で起こっている出来事も国内で起こっていることであるかのように捉える感覚だ。

ミレニアル世代である彼らにとっての「移民の国アメリカ」は、「アメリカに来ることを選択した人たちを歓待する」国であり、いわば一種のアサイラムである。それは、彼ら自身、その恩恵に預かっているという自覚があるからでもある。

裏返せば、アメリカにいなかった自分も想定できることが、彼らの意識に微妙な影を落としている。このあたりが年配の民主党支持者の感覚とはずれるところだ(この点は、冷戦の終結は自由主義の退潮をももたらすと論じたウォーラーステインの議論(たとえば『入門・世界システム分析』)とも通じるように思える)。

要するにAOCと彼女の支持者たちは、移民国としてのアメリカを信じる人たちであり、その限りで、門戸を閉ざそうとする「オルト・ライト」とは真逆の「トランス・レフト(越境するレフト)」とでも言ったほうがいい存在だ。

もしかしたらこうした国際性の要素については、当事者である彼ら自身、まだ明確に気づいていないのかもしれない。なにしろ2016年以後、グローバリゼーションもIT同様、大なり小なり利用を憚られる言葉になったからだ。

だがAOCとその仲間たちは、ミレニアル世代らしくテクノロジーに明るいだけではなく、皮膚感覚としてのグローバルな意識も持ち合わせている。サイバーだけでなくフィジカルにも「越境感覚」をもっている人たちだ。そこが、何代も前からのアメリカ人の子孫で、国内に塞ぎ込んでしまおうとするオルト・ライトとの違いなのだろう。

おそらくはAOCの存在によってハリスやウォーレン、ブッカーのような「プログレッシブ」を名乗る人たちのポジションも変わっていく。そのような変動を言葉にしていく契機となるのが、6月からのディベートだろう。

その過程で、プログレッシブでもなく社会主義でもない今の時代を表す言葉が、新たに見いだせるなり作り出されるなりするのかもしれない。そんな長期ビジョンに対して強い刺激を与えるところが、AOCが時代のアイコンとみなされるところだ。

はたして、彼女の行動は一過性の「現象」にすぎないのか。それとも長く続く「運動」に転じるのだろうか。