まんが『異邦人』で「実存」を〝知る〟のではなく〝体感〟する

こんな漫画、見たことない…
石井 徹 プロフィール

人は、箱の穴から他人を見ている

私ども、まんが学術文庫編集部が次に漫画化するタイトルを「異邦人」に決めたものの、「じゃあ漫画家はだれにするの」ということになりました。

編集部のみんなでウンウン唸っていると部員の一人がハッという顔をします。

「須賀原さんならできるかもしれません」と言い出しました。

漫画が詳しい方はよくご存知だと思いますが、『気分は形而上』をモーニングで長年描いていた漫画家の須賀原洋行さんです。

「石井さん、あの人は大学で真面目に実存主義を勉強した人ですよ」
「えええっ、そうなの!? 行こう、行こう!」
ということで須賀原さんの所に行って40年来疑問に思っていたことを訊いてみました。

「あの小説は結局どういう意味なんですか? 僕みたいなバカでもわかりやすく教えてください」

そう私が言うと、須賀原さんは私に合わせて言葉を選びながら1時間ぐらい丁寧に教えてくれました。

ザックリ言うと、人間は箱に入っているようなもので、その箱の穴から他人を見ているとします。他人も箱の中から自分(相手)を見ている。そうすると他人は自分(相手)の箱の中はわからない。もちろん自分から見ても他人の箱の中はわからない。

だから、ある人間が他人から見たら非常識なことをやったとしても、その当人にしか本当の理由はわからない。その当人の箱の中で何が起きているのかは他人にはわからないからです。しかし自分は箱の中だろうが何だろうが、現実に存在する――ということでした。

「なるほど。そういう意味だったんですか」

40年来の疑問が氷解したのであります。完全ではないかもしれませんが、主人公のムルソーの行動や心情がわかったような気がしました。須賀原さんみたいな人に国語を習えばよかったと思った次第です(ただ編集部に戻ってきたら、「あれっ、何だっけ?」と忘れてしまって、もう一度読み直した次第です)。

「主人公の眼」から見える世界

今回は編集部としては何も注文をしていません。ただ私のような人間にもわかるように描いてくださいとしか言っておりませんでした。

実は、「異邦人」はカミュの祖国フランスでバンド・デシネ(フランスの漫画)になっています。読んでみましたが小説の筋を追っているだけで面白くない。いったい須賀原さんはどんな風に演出するのだろうと一抹の不安を覚えました。