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弟子たちが明かす「二人の天才芸人」の素顔

横山やすしと藤山寛美

多額の借金を抱えながら、それを意に介さず、ひたすら笑いを求めた天才芸人二人。型破りでありながら、実は繊細。短くも濃密な人生を全力で駆け抜けた彼らの隠された素顔を、元弟子たちが明かす。

「南海電車」事件

細かい経歴の説明は不要だろう。大阪が生んだ天才芸人が二人いる。
横山やすしと藤山寛美。

ともに亡くなって、20年以上が経つ。だが、彼らの芸と生き方は、いまも語り継がれている。

「弟子にしかわからない恐怖感がありました。いま思い出しても滅茶苦茶でしたね」

そうしみじみ語るのは、やすしの直弟子である「横山たかし・ひろし」の横山ひろしである。

そのひろしが忘れられない、やすしの逸話として挙げるのが、「南海電車」での出来事だ。

約35年前、ひろしがコンビで仕事のために和歌山県に行ったときのこと。そのとき、師匠のやすしも偶然、和歌山に来ていたのだという。

相方のたかしは所用があり、ひろしだけが仕事が終わると、やすしと合流。やすしはすでに趣味であるモーターボートのレース仲間と酒を飲んでいた。ひろしは嫌な予感がしていたという。

「やすし師匠と何軒もハシゴしました。ですが、私は翌日に徳島県で仕事があった。だから、南海電車の終電まで1時間となったところで、勇気を出して、『師匠、今日中に大阪に帰ります』と告げたんです。

でも、師匠は『徳島やったら和歌山からのほうが近いやろ』の一点張り。さらに『泳いで行ける』、『漁港で「徳島行く船はありますか」と聞いて乗せてもらえばええやろ、このどアホ』と怒り出したんです」

そこでひろしは、次の飲み屋に向かう際、やすしとは別の車に乗り、運転手に『駅まで向かってください!』と頼んだ。

それでなんとか最終電車に間に合ったが、なかなか出発しない。一方、やすしは運転手から弟子が勝手に駅に向かったことを聞き出すと、すぐさま追いかけた。

ひろしが語る。

「師匠が駅の階段を駆け上がってくる瞬間、電車が出発しました。私はホッとしましたが、それで終わらなかった。

後から聞いたところ、師匠は駅長室に駆け込み、『車内放送はどうやるんや?マイク貸せい』と詰め寄ったそうです。当然、駅長は『無理です』と拒否しましたが、師匠は『なら、電車のブレーカー落とせや。そしたら停まるやろ』と。駅長も師匠の勢いに押されてしまったんでしょう。

驚くことに次の駅に着くと、『横山ひろし様、ご乗車でしたら和歌山市駅までお戻りください』というアナウンスがありました。

無意識のうちに私は降りようとしてしまいましたが、マネジャーが止めてくれた。それ以降、難波駅に着くまで『横山ひろし様――』というアナウンスが何度流れたことか……生きた心地がしませんでしたね」

 

ひろしからは、やすしとの理不尽な思い出が次々と飛び出した。

「一緒にタクシーに乗り、難波から摂津方面へ高速道路を走っていたときのことです。

突然、師匠が『前の車を抜け。思い切りアクセル踏め』と言い出した。運転手さんはパニックになりながら、『前の車にぶつかってしまいます』と声を絞り出すと、師匠は『おう、当てい』。

相方のたかしが運転手さんをフォローすると、『おのれは降りろ』と怒りの矛先が変わった。

夜中の2時に高速出口の近くで相方は降ろされました。彼は料金所のスタッフに『どないしたんですか』と聞かれて、『横山やすしの――』と言うと、『あぁどうぞ』と通してもらったそうです」

しかも、この話には続きがある。たかしを強引に降ろした後、やすしが乗るタクシーの周りに暴走族が現れた。当然、やすしは立腹した。

「窓を開けて箱乗りし、『こらぁ、おのれらは』と怒鳴り合いが始まりました。私は師匠のベルトを掴んで車から落ちないようにするのが精一杯。最後には師匠が『おいこら、交通ルールはちゃんと守れ』となぜか暴走族を一喝ですわ。

振り返れば、あの頃、タクシーは師匠を見ると止まってくれなかった。だから私が止めた後、師匠が木陰から現れる。まさにコントでした」(ひろし)