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孤児院で育ち両親を知らない…『CoCo壱番屋』創業者の壮絶人生 

リンゴ箱が僕の勉強机だった

無私の人である。自分のために稼ぎたいと思ったことがない。趣味はないと断言もする。何が楽しいのかを聞くと、「人の笑顔」と即答する。この稀有な成功者はいったい何者か。本日発売の『週刊現代』で、その激動の半生を振り返る。

電気代も払えなかった

『カレーハウスCoCo壱番屋』を創業し、日本一のカレー専門店チェーンに育て上げた宗次德二氏(70歳)は、自分の生まれた場所を知らない。

「私は1948年、石川県で生まれたらしいんです。戸籍上ではそうなっています。しかし、物心がついたのは、兵庫県尼崎の孤児院。今も実の両親は知りません。

私が3歳のときに、尼崎で雑貨屋をしていた宗次夫婦が引き取ってくれました。資産家とはいかないまでも、当時は貸家を持っていましたし、施設のほうもいいところだと思って、送り出したのだと思います。

実際、引き取られた直後に写真館で撮った家族写真が残っています。私はスーツを着せられ、和服を着た母の膝の上に乗り、その横には格好いい帽子をかぶった父が寄り添うように立っている。

しかし、それっきり、そういう家族写真はありません。写真とは無縁の生活になりましたから」(以下、「 」内は宗次氏の発言)

原因は、養父のギャンブル依存症だった。競輪にどっぷりとハマった養父は、レース開催日になると、養母の財布や店からおカネを抜き取って出かける。転落はあっという間だった。

 

夜逃げ同然に岡山県に転居した。養母は夫の暴力と借金に愛想を尽かして出ていった。

「父もたまに働くことはあったんです。岡山では近くに造船所があり、日雇い労働に出かけていきました。その給料のほとんどを競輪に使ってしまう。そんな人でした。

タバコを買うおカネもありませんから、パチンコ屋に連れられ、落ちている吸い殻を拾うように言われました。ポケットいっぱいに拾い集めると喜んでくれましてね。

それを唯一の家具だったリンゴ箱の上に置いておくのです。リンゴ箱はフタを閉めれば食卓にも勉強机にもなりますし、中には荷物も入れられるので便利に使っていました。夜になると、そこに父がロウソクを灯して明かりにしていました。

いくら昔の話だと言っても、もちろん当時の岡山には電気は通っていますよ。しかし、電気代を払っていませんでしたから電灯はつきません。明かりはロウソクだけ。

そこで父は、私が拾ってきた吸い殻から笑顔で葉っぱを取り出し、キセルで吸っていました」

8歳の頃、養母が愛知県・名古屋にいることがわかり、父子は夜行列車で名古屋に移った。だが、養父の競輪狂いがおさまっておらず、養母は再び夜逃げをした。

「父には父なりに私への愛情があったのだと思います。怒ることはあっても、出て行けとは一度も言いませんでしたから。

だから、父への恨みは一切ありません。自分が不幸だとも思いませんでした。当時は日本全体が裕福ではありませんでしたし、他の家庭がどうなっているのかも知りませんでしたから。ただ、父が喜ぶ顔を見るのが、とても幸せな時間でした」

奇特な人である。幼い頃、貧しい暮らしを送った人の多くは、豪奢で楽な暮らしを夢見るが、宗次氏はそんなことを考えもしなかった。

取材当日、現れた宗次氏の服装は「背広から靴まで合わせて3万円くらい」。3足8980円の靴を愛用していると笑う。

高校生で出生の秘密を知る

そんな宗次氏の父子二人暮らしは、中学3年生の卒業間際、突然終わりを告げた。養父に胃がんが発覚し、闘病3ヵ月で急死。葬式の出席者は宗次氏と養母だけの寂しいものだった。

その後、母子二人暮らしが始まる。

「ようやく、電気と食事のある生活が始まりました。母は会社の賄い婦をしていたので、毎日、私のために余ったご飯とおかずを持って帰ってきてくれました。高校に入ると同時に食が満たされるようになり、本当にありがたかったです。

私がもらわれた子だと知ったのは、その頃ですね。高校入学に戸籍謄本が必要で、役所に行ったら、戸籍には育ての親と実の親の名前が書かれていた。

しかも、私はそのときまで、『宗次基陽』として育てられてきたのですが、実の親につけられた名前は『德二』だったんです。父がギャンブルで負け続け、縁起が悪いということで変えたとのことでした。

高校生になって、宗次氏は「宝物」を手に入れる。アルバイトで貯めたカネで友人から購入したナショナル製のポータブルテープレコーダーだ。

「早く録音をしたくて、家に帰ってテレビをつけて、録音しようとしたんです。テレビは母親が職場の同僚から譲り受けた14インチの白黒テレビ。

たまたまNHK交響楽団が演奏していた。それがメンデルスゾーン作曲のバイオリン協奏曲。この出会いがなかったら、クラシック音楽には縁がなかったと思います」

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