『ハリー・ポッター』は「ルールなき闘争の時代」の教養小説である

イギリス階級と「成長物語」の150年
河野 真太郎 プロフィール

「メリトクラシー」の勃興

ここまで述べてきた、教育とそれにもとづく社会のあり方や成長の見方には、今であれば簡便な呼び名がある。「メリトクラシー」である。

メリトクラシーとは、訳すなら能力主義、実力社会ということで、生まれではなく努力に基づく実力で社会のしかるべき地位につくことができる、ということであり、多くの場合に固定化された階級社会の対義語として使われるものである。

ところで、「今であれば」と述べたのには理由がある。「メリトクラシー」という言葉の歴史は若く、イギリスの社会学者マイケル・ヤングの1958年の著作『メリトクラシーの勃興』によって造られた言葉だからである。

ヤングのこの著作自体は、知能と能力だけで社会のすべてが支配されるディストピア的な社会を「メリトクラシー」として風刺するものであった。だが、この言葉は上記のような肯定的な意味で人口に膾炙するようになる。

1958年という瞬間にこの言葉が造られたことには意味がある。戦後イギリスは1945年アトリー労働党政権が労働党として初めて単独政権を形成し、医療制度と健康保険、失業保険、年金制度などの福祉制度の青写真を示して政府の委員会報告書としては異例の売り上げを記録した『ベヴァリッジ報告』を基礎に福祉国家の建設に乗り出し、実際それに成功した。その後保守党に政権を奪われるも、この福祉国家の体制はこの時代のコンセンサスとして継続される。

マイケル・ヤングはその労働党のいわば同伴知識人である。彼の造ったメリトクラシーという言葉は、教育機会を拡大し、階級の流動性を高める福祉国家のイデオロギーの重要な柱であったのだ。

だが、「メリトクラシー」を否定的な社会として描いたヤングは結局正しかったのかもしれない。というのも、メリトクラシーには、生まれに縛られない平等な実力社会という意味もあれば、同時に熾烈な競争社会という意味もあり得るからである。

実際、1980年代以降の、イギリスであればサッチャリズム以降、そして世界的に広まった新自由主義の時代においては、メリトクラシーは平等な社会の原理というよりは、格差と階級を再生産する競争を肯定する原理となる。

サッチャリズム下での教育の変化を簡単に体感するには、映画の『ヒストリー・ボーイズ』(2006年)を観ていただくとよい(『ヒストリー・ボーイズ』はもともとアラン・ベネット作の演劇作品で、2014年には松坂桃李らをキャストとして日本公演も行われた)。

舞台は1983年、北イングランドの地方都市シェフィールド。あるグラマー・スクールの、オクスフォード大学やケンブリッジ大学を目指す進学クラスでは、老教師ヘクターが文学や演劇などで人間性を涵養する、旧来的な教養教育を行っている。

しかし、グラマー・スクール同士を競わせる「リーグ表」で上位に入ることを目指す校長は、テスト・テクニックの教授に長けた若い教師アーウィンを雇い入れて……。という物語である。

重要なのは、ここで背景になっているリーグ表というものが、サッチャーの新自由主義改革で採り入れられた制度で、学校同士の競争を促すためのものだったこと、そしてその結果、小手先のテスト・テクニックを教えるような教師が幅を利かせるようになったということである。

作品は、この教養主義vs.功利主義(テスト・テクニック)の対立のどちらに軍配を挙げるわけではなく、曖昧さを残している。しかし、メリトクラシーの意味が反転する様子が、この映画にはありありと表現されている。

ここで、マーガレット・サッチャーその人が奨学金少女であったということをつけ加えておいていいだろう。彼女はメリトクラシーの人であった。だがそのメリトクラシーは、機会を与えることよりも、機会をつかめなかった者の自己責任を強調するメリトクラシーだった。