『ハリー・ポッター』は「ルールなき闘争の時代」の教養小説である

イギリス階級と「成長物語」の150年
河野 真太郎 プロフィール

階級上昇と「公教育」の登場

その系譜とは、「独学者」の系譜である。その始まりを宣言したのは、小説家・詩人のトマス・ハーディ(1840-1928年)の代表作のひとつ、『日陰者ジュード』(1895年)だ。

南イングランドのある村に住むジュード・フォーリーは、クライストミンスター(モデルはオクスフォード)の大学に入ることを夢見て、パン屋などでの労働のかたわら古典語を独学で学んでいる。

しかし彼は地元の女性であるアラベラに誘惑され、虚偽の妊娠を理由に彼女と結婚してしまい、貧しい生活のなか勉強をやめてしまう。ところが結局アラベラは他の男とオーストラリアに駆け落ちしてしまう。

クライストミンスターに移り、石工として働き始めたジュードは、そこで従姉妹のスー・ブライドヘッドに出会い、恋に落ちる。その後、物語は、ジュードのかつての教師であるフィロットソンとスーの結婚と離婚、ジュードとスーの事実婚とそれへの社会的制裁、ジュードの子供を連れたアラベラの再登場と、その子供が引きおこす恐ろしい惨劇などを経て、ジュードの零落と死へと向かう悲劇である。

『日陰者ジュード』における成長とは何だろうか。いや、基本的に主人公ジュードは成長に失敗するので、彼が目指したが成し遂げられなかった成長とは何だろうか。

一言で言えばやはり、階級上昇である。だが、ブロンテやディケンズとの大きな差異は、ジュードには「隠された遺産」など用意されていないということだ。その代わりにジュードにあるのは、教育の可能性だ。

労働者階級生まれの彼は独学で教育を得て、大学に進学することを夢見る。このような階級上昇とそれによる自己実現の夢というのは、今であれば当たり前のものに思えるだろうけれども、それが19世紀のイギリス社会においては新たなものだったことに想像をめぐらせる必要がある。

というのも、前回触れたパブリック・スクール(中・上流向けの教育機関)を除いて、19世紀初頭の時点でイギリスに公教育としての学校はほとんど存在しなかった(しかもパブリック・スクールは私立の学校である)

しかし、産業革命後の労働者階級の貧困や教育機会の不在を訴えたのは、まさにディケンズの作品であり、19世紀を通してあらゆる階級のための教育が次第に整備されていく。

とりわけ画期になったのは、1870年教育法(別名フォスター法)である。この教育法は教育委員会によって管理され、公的な資金で運営される小学校で、10歳以降の子供に教育を提供することを定めたものである。この教育法は、義務教育という概念を最初に生み出したものとして知られている。

ジュードというキャラクターはそのような歴史の変化の中から生まれた。本連載で度々依拠してきたレイモンド・ウィリアムズ(『イングランド小説──ディケンズからロレンスまで』(一部を除いて未邦訳))の言葉を借りれば、「独学者たち」の系譜の誕生である。