『ハリー・ポッター』は「ルールなき闘争の時代」の教養小説である

イギリス階級と「成長物語」の150年
河野 真太郎 プロフィール

「階級上昇」こそが成長とされた時代

『ジェイン・エア』は、一本筋の通った女性である主人公ジェインのキャラクターがその魅力の中心をなす小説だ。彼女は美人ではないとはっきり述べられ、孤児という不幸な生い立ちに苦しんでいるが、人間としての尊厳を捨てることがなく、階級違いのロチェスターとあくまで対等の関係を結ぼうとする態度は感動的である。

だからこそ『ジェイン・エア』は、「内面の成長」という教養小説の定義にあてはまるように見える。それは、ジェインの主体の物語であると。

だが、さきほどのあらすじからは、重要なエピソードが抜けている。実は、ジェインがロチェスター氏のもとを離れている間に、彼女の叔父がポルトガル領マデイラ諸島での貿易で築いた富が、ジェインに遺贈されていたことが明らかになるのだ。

つまり、ジェインは、ロチェスター氏と単に精神的に対等になっているだけではない。むしろ、そのような「対等」さが説得力を持つためには、ジェインは経済的にも、つまり階級の上でも対等にならなければならないのだ。

ここでは、人格の成長と階級の上昇が、どちらがどちらを生むという因果関係のもとにあるというよりは、区別できない一体のものになっている。

ジェインの遺産は偶然にもたらされているというよりは、ジェインとロチェスター氏を「対等」にするという物語の要請に従ってもたらされている。このような「遺産プロット」はこの時代のお決まりなのであるが、そこで遺産は物語の矛盾の想像的な解決のためのものだ。

先に触れたディケンズの『デイヴィッド・コパフィールド』も『大いなる遺産』も大まかにはこの図式に当てはまる。前者ではもともと中流階級であったはずが両親の死により労働者階級に零落した主人公デイヴィッドが、最終的には中流階級の作家として身を立てる物語であるし、後者は孤児のピップが謎の遺産によって階級上昇をなしとげるやに見える物語である(ただし『大いなる遺産』は、『ジェイン・エア』のようなストレートな「遺産プロット」を前提として、それにひねりを加えたものとなってはいるが)。

どうやら19世紀半ばにおいては、成長とは精神的・人格的成長であるだけではなく、中流階級へと階級上昇したり、または階級を回復したりすることと一体のものであった。そしてそれを可能にするのは、個人の職業的努力というよりは隠された遺産といった偶発的なものであった。

本連載の初回で論じた20世紀の「ピグマリオン」ものは、このような物語の残滓である。『ピグマリオン』で遺産に代わって階級上昇をもたらすのは上流階級の英語の発音であった。

だが、イギリスの成長物語にはこれとは別の系譜がある。19世紀終わりに、イギリスの教養小説は上記のピグマリオンものと、もうひとつの系譜へと枝分かれするのである。