知能の進化は断じて「一部」なんかじゃない
また、オックスフォード大学の哲学者で人類とAIの未来を考察しているニック・ボストロムは、人間の知能をごく限定したものとしてとらえ、次のように述べる。

「進化における自然選択の過程で、知能の進化に関わりがあったのは、それらの全過程のほんの一部にすぎず、それゆえ、人間の技術者がマシン・インテリジェンスを進化させようと試みる場合、進化における自然選択の全過程が、その試みに関わりがあるわけではない」
(『スーパーインテリジェンス 超絶AIと人類の命運』倉骨彰訳、日本経済新聞出版社、p.67, Box 3より)
違う。断じて違う。
人間の脳は中枢神経系の末端が巨大化したものだ。だから、脳ができるためには中枢神経系を保護してそれが長くなっても問題ないように脊椎の進化が必要だった。脊椎が進化するためには内骨格が進化する必要があり、内骨格ができるためには生物が多細胞になることが必要だった。
人間の知能の進化には、生物40億年の進化過程のすべてが関わっている。
生物の進化過程とは、すなわちゲノム(遺伝子)が環境に、より適応するように変化してきた過程に他ならない。これは、ゲノムが、ある環境下でより効率的に自己複製できるように変化してきたということであり、ゲノムが学習してきた過程と表現することができる。
進化とは学習なのだ。
これは、オーストリアの動物行動学者コンラート・ローレンツ(1903-1989)が喝破したことである(K. ローレンツ、F. クロイツァー『生命は学習なり わが学問を語る』思索社、1982)。
サルの「ゲノム」の知能
たとえば、サルの皮下脂肪は寒い地域にすむものほど厚くなっている。同じニホンザルの中でも北国にすんでいるものと南国にすんでいるものとでは、前者のほうがずんぐりむっくりしている。


また、ニホンザルと近縁で、より暖かい地域にすんでいるアカゲザルを比べても、明らかだ。

これは、寒冷な気候のもとでの生活に適応して、身体の熱を奪われないように、皮下脂肪が厚くなり、身体の表面積と体重の比が小さくなるからだ(ベルクマンの法則。ぼくはここで遺伝子の複製効率が「良くなるように」進化するという目的論的な書き方をした。こういう書き方が許されるかどうかについて議論は分かれているが、ぼくは「近似表現としての」目的論的記述が必要な場合もあると考えている)。
このような適応現象も、生物がある環境下でよりうまく生きていくための試行錯誤の結果ゲノムが獲得(学習)した特徴であり、したがって、ニホンザルやアカゲザルのゲノムの知能の現われであると言ってよい。