日本のバレンタインは、いつから「チョコをあげる日」になったのか

1960年代「呪術」として始まった
堀井 憲一郎 プロフィール

エキゾチックなことに意味があった

もともと「少女のイベント」である。

願かけ、運だめし、恋占い、と同じだったのだ。

人目を忍んで(好きな相手以外の男子の目を避けて)おこなわれることに大きな意味があった。

日本式バレンタインデーの特色は、私はこの「秘密めいた儀式から始まった」という点にあるとおもっている。

禁止された異教を信じているような気配である。

エキゾチックであるし、ロマンチックであるし、同時に死を連想する。

恋する心にぴったりだ。

そういうものだった。

1970年代の前半(1973年ころまで)はまだ強く秘匿された少女の儀式であり(実際に女子がチョコを渡しているということを)知らない男子も多かった。

1975年ころには、実際に女子が手渡すのを見かけるようになったが、まだ一部のイベントでしかなかった。それが1977年ころから多くの女子が参加するイベントになっていった。男子はチョコを待ち望むようになった。

そういう流れでだいたい間違いがないとおもわれる。

地域差もあるだろうが、ある程度の都市部では同じ時期に似たようなことが起こっていたとおもう。この列島の文化はむかしから伝播が早いから。

 

「終息」は必然

1980年代には全男女を巻き込んだようなイベントになり、「のちにバブルと呼ばれる1980年代後半の異様な好景気の時代」に吸い込まれていって、どんどんエスカレートしていった。

バブル時代は「明治以来の古い文化を破壊する期間」という側面があった。バレンタインデーはクリスマスとともに、その一翼を担っていた。おそらく「恋愛における男主導文化の破壊」の担当だったのだ。

1990年代はその破壊を定着させていく期間だった。もちろんバレンタインデーは盛んに消費されていった。

2000年代に入りようやっと沈静化していく。

2010年代の若い人を見ていると、そんなに必死で恋愛モードに持ち込まなくていいんじゃないの、という空気がある。

とても正しい感覚である。

だって昔の少女の文化なんだから。

高校生は「友チョコ」がふつうになった。女子は女子同士で交換する。もちろんこのタイミングで告白しようとする女子は、まだいることはいるだろう。でもかつての強制は薄れている。「無理に恋愛イベントにされても困る」というメッセージを彼女たちは強く発している。

私の同世代の女子がおもしろがって始めた文化は、イケイケの文化とあいまっていっときとても力を持ったが、年を経るとともにやや落ち着いてきた。自然な流れだとおもう。

日本式バレンタインデーは、もともと少女の「秘かな儀式」であった。

それがたまたま、いくつかの営利システムとうまく合致しただけである。そろそろその仕様だけでは続けにくくなっている。

もしまだ「恋愛モード」でこのイベントを読み取ろう(ないしは継続しよう)という人たちがいるのなら、その原点の「秘匿性」を意識したほうがいいとおもう。つまり恋愛イベントではなく、呪術的なイベントだった、というのがポイントだから。