日本のバレンタインは、いつから「チョコをあげる日」になったのか

1960年代「呪術」として始まった
堀井 憲一郎 プロフィール

「秘すればこそ叶う」という感覚

先導したのは、少女雑誌である。1960年代はまた少女漫画が華開く時代でもあった。

1960年代には「少女フレンド」「マーガレット」「少女コミック」という少女漫画雑誌が登場し、「セブンティーン」も創刊された。これらの雑誌が、少女たちのおませな情報誌として、深く静かに小学生や中学生の交際文化をリードしていくことになる。

私は1958年(昭和33年)の早生まれなのだけれど、同級生女子に確認したところ、小学4年の3学期、つまり1968年の2月にはもう男子にチョコレートをあげていた女子がいた。まったく知らなかった。

ただ小学生の場合は、校舎裏に呼び出したり、通学途中で待ち伏せしたりしない。昭和中期の少女は、早めに学校に来て、好きな男子の机の中に入れていた。ドキドキだ。バカな別の男子が勝手に他人の机を引っかき回してぽろっと見つけてしまったら終わりだからね。ほんとにそういう事故が起こっていたような気がする。

添えた手紙で好きな気持ちを知らせるのが第一義であり、チョコレートは、その言い訳だったのだろう。それも「好意に気付いて欲しい」くらいのソフトな内容だったはずだ(そこまでも踏み込めないものも多かっただろう)。

私の周辺にかぎっても、1968年には、11歳の女子が男子にチョコをあげていた。

少女雑誌でそうすると恋が叶うと書いてあったから、だそうである。

中学に入ったら、女子はみな熱病にかかったようにバレンタインにとりかかるようになった。らしい。2年、3年となると(1972年と1973年の2月)、チョコ&手紙を用意した幾人かの女子と、それを手伝ったり応援したりする周辺の女子によって、多くの女子が特別な日として意識し始めていた。

 

男子側は当初、ほとんど知らなかった

しかし男子側にはそういう気配がなかった。というか感じられなかった。

鈍感だったからではないかと言われればそのとおりだが、中学生男子なんてだいたいそんなものである。実際にチョコを渡されないかぎりは、まったく知らぬ風習であり、私も20年後にみんなに取材してまわらなければ「いやいや、ぼくらが中学のときにはまだチョコのやりとりなんかなかったですよ」としらっと言うしかない素男子であった(素の男子です)。それぐらい秘密裏におこなわれていた。

高校に入った最初の年、1974年2月には、隣のクラスの男子全員の机にチョコが入っていたという噂を聞いた。続いて、全員ではなく、入ってないやつもいた、という噂まで入ってきて、怖くて真相が確かめられなかった。

私個人は、高校2年の2月、1975年になって後輩の女子から1つもらった。

1970年代半ばに入って(1974年−1975年)、ややざわつきだした、という感じである。

呪術性が薄れ(秘匿しているほど恋は成就するという縛りが薄くなっていったのだろう)、ややオープンなイベントとなっていった。

ただ、私は当時つきあっている彼女がいたのだけれど、あまりそういうことにこだわらないタイプだったからか、高校時代にはもらったことがない。気にしない子はまったく気にしないというレベルのイベントでもあったわけである。

その後、4歳下の弟が中学3年のとき、1977年であるが、おそろしく大量のチョコレートをもらって帰ってきた。なんじゃその量はと驚いて、毎日それをむさぼるように食べていた(私は静かに浪人生活を送っていたので、まったく縁がなかった)。

私のときとは、まったく違うイベントになっていた。

1977年(ごろ)を契機として、かなりおおっぴらなイベントになっていったのだ。