「イスラム国」に拷問を受けて障害を負った男が「今、思うこと」

悪夢のような3日間だった
小松 由佳 プロフィール

悪夢のような3日間とその後

パルミラには4軒の家があった。そして反体制派兵士になった16人の親族がいた。その引き渡しが彼らの条件だった。

だが家は数十年かけて築いた財産だ。それに引き渡せばパルミラに戻って住む場がない。

また一族内の反体制派兵士はシリア各地に散り、集めるのも不可能だ。仮に集めたとしてもISに処刑されるだろう。要求には応じられなかった。

ジャーラッラーたちはISの要求を拒否した。そして仕方なく、ラッカに所有していた建物をISに明け渡した。

3ヵ月後、ジャーラッラーと兄弟はパルミラを訪れた。街や自宅の様子を見るためだ。すると、IS戦闘員によって自宅が勝手に使われていた。

ジャーラッラーたちは抗議した。パルミラの家は接収しないという条件でラッカの建物を明け渡したはずだったからだ。戦闘員たちはすんなりその場を去り、問題は解決されたかに思えた。

首都ダマスカスの旧市街にある市場、スークハミディーエ(2012年撮影)

その二日後のことだ。ジャーラッラーが家に一人でいると、突然IS戦闘員が現れた。彼らは家を明け渡すよう命じ、ジャーラッラーが拒むと彼を拘束した。

ジャーラッラーは街の中心部のある建物に連れていかれた。かつて政府の役所だった建物だ。その一室で目隠しをされた。部屋には叫び声やうめき声が常に聞こえ、他にたくさんの男がいるようだった。彼はそこで失神するまで全身を殴られた。

目隠しをされる前、ジャーラッラーが見たのは、風貌や言葉の違う様々な戦闘員たちだ。東アジア系の顔立ちの者も、英語やイラク方言のアラビア語を使う者もいた。

年齢層は様々で少年から年寄りまでがいる。髪や髭を伸ばし、カフラ(目のきわを黒く塗る化粧)をしている。

彼らはジャラッラーの一族をよく知っていた。ISの中にパルミラ出身のメンバーがおり、住民の情報を流しているようだった。

ジャーラッラーは裸にされ、蹴られ、殴られた。さらに電気警棒による電気ショックの拷問を身体中に受けた。

まさに地獄そのものだった。

 

それは3時間おきに3日にわたって続いた。無抵抗のまま為す術もなく、ジャーラッラーは死を感じた。戦闘員たちは、人々がこうして泣き叫び、命乞いするのを楽しんでいた。

彼がひどい拷問を受けたのには、ジャーラッラーという姓も関係していた。ジャーラッラーの意味は大きく二つ。〝神に助けを請う者〟、そして〝神の親近者〟だ。IS戦闘員は、後者の意味を狂信的に理解し、罪深い名だと責めた。

悪夢のような3日間の後で、ジャーラッラーは解放された。縄を解かれて自由を得たが、自分の体に違和感があった。体がうまく動かせなかったのだ。全身を殴られた痛みからだと彼は考えた。

しかし日が経ってもその感覚は変わらなかった。やがて彼は不安に襲われた。電気ショックによって脳に問題が起きたのではないかと。2015年9月のことだ。

拷問を受けてから体の自由がきかず、ジャーラッラーの心もまた折れていった。ラッカに戻った彼は、ほかの市民同様、無条件にISの支配を受け入れた。

恐怖によって人心は荒廃し、街中に遺体が放置された。犬は遺体を食べて味をしめ、人間を襲うようになった。

さらにIS掃討を狙うロシアの空襲も激しくなった。空からも地上からも生活を奪われ、希望はついえていった。2015年11月、ジャーラッラーと家族はトルコに逃れた。

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