ジャーラッラー・ムハンマドと子供たち(写真はすべて筆者撮影)

「イスラム国」に拷問を受けて障害を負った男が「今、思うこと」

悪夢のような3日間だった

ISに拷問を受けて障害を負った男

山肌を分かつ重厚なコンクリート塀。それがトルコ・シリア間にまたがる国境だ。

トルコ南部、ハタイ県の地方都市にして国境の街レイハンル。2011年からのシリア内戦を受け、大量の難民が流入した。

かつての人口はトルコ系住民を中心に6万人。現在は(2019年1月現在)10万人近い。街の人口の半数かそれ以上が、ここ数年に避難してきたシリア難民だ。

私は内戦前の2008年からシリアを撮影してきた。2011年に内戦が起こると、人々の暮らしが劇的に変化するのを目の当たりにし、現在は難民一人一人の物語を伝えることをライフワークにしている。

2018年7月、難民の家族を取材するためレイハンルを訪れた。そこで出会ったのがジャーラッラー・ムハンマドだ。

きっかけは、同じく難民として暮らす友人の言葉からだ。

「この街に、ISに拷問を受けて障害を負った男がいる」

ジャーラッラーはISによる被害者として、この街ではよく知られた存在だった。

本人の希望により、女性の顔にモザイクをかけております

街の中心部から1キロほど離れた市場の一画、雑居ビルの3階にジャーラッラーは住んでいた。

家にお邪魔すると、彼は居間の隅のクッションに横になり、軽く片手をあげて挨拶をした。胸から下が動かせず、1日の大半をこの場所で過ごしている。

天気がいい日は車椅子に乗ってベランダに出るが、外に出られるのは1ヵ月に1日。理学療法を受けるため、病院に行くときだけだ。

 

彼の年齢を聞き愕然とした。35歳。頭髪やあごひげには白髪が混じり、表情に深い苦しみを感じさせる。その風貌が彼をずっと年上に見せていた。

ジャーラッラーは1983年にシリア中部のオアシス都市パルミラで生まれた。2人の姉、7人の兄弟がおり、35人の大家族だった。

家業は床のタイルの製造業で、13歳から仕事を手伝った。毎日を工場で過ごし、兄と集ってお茶を飲んだり、冗談を言って笑ったり、友人の家を訪ねてごちそうを食べた。忙しかったが最良の日々だった。

2010年、27歳のジャーラッラーは4年間思い続けた女性と結婚をした。翌年には息子が生まれ、「レイス」、〝小さなライオン〟という意味の名をつけた。

幸福な日々だったが、2011年にシリアが内戦に突入すると、パルミラの治安も悪化した。人々は新しく建物を建てなくなり、仕事も減って経済状態が悪化した (それは内戦後のシリア人全てに言える)。

ジャーラッラーは政治的な関与をしないよう慎重に行動した。体制による弾圧を恐れたからだ。しかし、いとこや親戚が反体制派兵士となると、一家もまた警察から取り締まられるようになっていった。