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沖縄県民投票前に知っておきたい、国と沖縄「数々の法的紛争」

国が那覇市に敗訴した裁判がある

国と沖縄のいくつもの争い

2月24日に、辺野古への新基地建設をめぐる県民投票が行われる沖縄県。

普天間基地の危険性について異論の余地はないが、どう危険を取り除くかという「方法論」をめぐる国と沖縄県の対立の溝はいまだ埋まっていない。

大浦湾への土砂投入など、辺野古新基地建設のための工事を進めて既成事実化する国と、権限の範囲で工事を止めようとする沖縄県の間では、いくつもの審査請求や裁判による争いがある。

これだけの数の法的紛争が同一の案件で国と自治体の間に起こることは想定されていなかったが、米軍基地問題という一般的な行政事務とは異なる条件のもとにあるので、当然の帰結でもある。

国、沖縄県双方が争いを起こしているが、国益を主張する国の訴えに対して裁判所も踏み込んだ判断をしないのが通常で、辺野古新基地建設に関しても大変厳しい結果が続いている。

しかし、国が那覇市を訴えたが敗訴した裁判がある。最高裁まで争われたこの裁判は、那覇市の勝訴で確定した。

偶然だがこの訴訟期間中に、国では情報公開法制定の検討、国会での法案審議、成立、そして施行となったが、それを先取りした国の情報公開に対する考え方を象徴する訴訟でもあった。

 

そもそもの発端は、1988年1月に防衛庁が那覇市に海上自衛隊第5航空群司令部庁舎の建設を決定したことだ。

この庁舎の地下に対潜水艦作戦センター(ASWOC)が置かれることになっていた。建物を建てるには自衛隊であっても、建築基準法で建築計画が法に適合しているかの確認を地元自治体に求めることになっている。

そのため、1988年12月に那覇防衛施設局が那覇市に建築計画書と添付図面を通知し、翌月には那覇市が適合と判断した旨通知していた。

ASWOCの図面
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この建築計画書等が1989年3月と6月に、別の請求者によってそれぞれ情報公開請求され、那覇市はいずれも非公開と判断していた。

請求者はいずれも不服申し立てを行っており、これを受けて那覇市は非公開決定を再検討。7月には内容を精査して全面公開に方針を転換することを表明した。

当時、総務部情報公開担当主幹だった真栄里泰山(まえざと・たいざん)さんによると、建築指導課は、建築基準法の趣旨からすると通常が建築概要書等は閲覧対象で、公的機関のものには同様の規定はないものの、閲覧させることを禁止していないこと、実際に図面などは秘密指定されてもおらず、防衛上の秘密に当たる情報が含まれていないと判断し、当時の親泊康晴(おやどまり・こうせい)市長もそれを了解していたという。

このことが地元紙で大々的に報道され、那覇防衛施設局の知るところとなる。