〔PHOTO〕gettyimages

日本人でいてほしい…? 大坂なおみ「国籍選択」が私たちに問うもの

二重国籍問題はなぜ議論されないのか

大坂なおみ選手は現地時間2019年2月11日12:59にTwitterを更新し、彼女の躍進に多大な影響を与えたといわれる「サーシャ・バインコーチともはや仕事をすることはない」と報告した。

全米オープンに続いて、全豪オープンを制した大坂なおみ選手。バインコーチの間になにがあったのか。

うまく行っている時にこうした決断ができるのは、大坂選手が理想のテニスを求めて、妥協なく突き進んでいっているということだろう。

しかし、私たちはそこでなぜか「日本人だから」とは「日本人離れしている」と思いたがる。

22歳になるまであと9ヵ月となり、その活躍ともに国籍選択について注目が集まる。

日本とアメリカ、二重国籍を持つ大坂選手については、メディアで続々と取り上げられている。

大坂選手が日本、アメリカのどちらの国を選ぶのかは彼女の選択だが、ここまで注目が集まる背景とは、一体なんなのだろうか。

〔PHOTO〕gettyimages

「日本人でいてほしい」願望

大坂なおみ選手の活躍には、「日本人、アジア人として初めて」という冠がつく。

確かに、これまでの日本人テニスプレーヤーが世界で戦っても突破できなかった壁、打ち破れなかった天井を突き抜け、WTA世界ランキング1位=頂点へと上り詰めた。

もちろん、ここまで至る道はなだらかなものではない。

「3歳児」と称していた自分の精神性との対峙、全米選手権決勝ではプレイヤーとして目標にしていた憧れのセリーナ・ウイリアムズとの対戦が波乱ぶくみとなる中で勝利するも、バッシングに耐えながらの異例の表彰式となった。

その後は全豪選手権決勝戦でも、2セット目マッチポイントを握りながらも逆転され、フルセットにもつれ込んで掴んだ勝利だった。

 

『日本人』とは誰か?大坂なおみ選手についての雑な議論に欠けた視点」でも指摘したが、大坂なおみは「新しい日本人像」である。

彼女の持つ「謙虚」も「我慢」も日本だけでなく、アメリカ、ハイチ、ドイツ等多様な文化を背景に持つ、彼女を支える「チーム」の中でより強く育まれてきた。

にもかかわらず、それを「日本人起因」だと思いたいのはどうしてなのだろうか。

たとえば大坂なおみの全豪オープンの勝利を特集した羽鳥慎一のモーニングショー(2018年1月28日放送)では、レギュラーコメンテーターの玉川徹が大坂を賞賛する言葉として「恥じらいが僕の琴線に触れる」「(大坂選手は)大和撫子」と、自らと、大坂に共通する「日本人アイデンティティ」を強調してみせた。

この「日本人アイデンティティ」「ナショナリティ」とは一般的に「血統・文化・国籍」の組み合わせによって形成されるとされる。

大坂選手は血統の半分と、日本語という文化の一部、そして日本国籍がその形成要因だ。

ただ「アメリカ人アイデンティティ」をみれば英語を主言語とする大坂なおみは当然アメリカとの接面が大きい。比べてみれば「日本人」より「アメリカ人アイデンティティ」の方が広面積であろう。

執拗に「日本語で答えて」と迫り、「日本人アイデンティティ」を可視化させようとする優勝後のインタビュー等は、大坂なおみと日本語という文化圏に引き込むことで、「日本人アイデンティティ」の幅を広げておきたいといった潜在意識がなせるわざとも思えると言ったら、考え過ぎだろうか。