経営危機に陥っていた講談社を救った「徹底した雑誌中心主義者」

大衆は神である(37)
魚住 昭 プロフィール

借金地獄からの脱出

清治に異存があろうはずがない。日歩25銭(100円につき1日25銭の利息。年利に直せば91.25%)の借金5000円を日歩2〜3銭(年利7.3〜10.95%)の借金に差し替えることができれば、ざっと年間4000円の節約になるのだから、心中飛びあがらんばかりの喜びである。

ただ、清治には担保に差し入れるものがない。大野と相談の結果、『雄弁』と『講談倶楽部』の発行権というあてにもならぬものを担保にすることにした。

 

清治は大野と公証人役場に行った。役場の一室で、番が来るまで3〜4時間待たされた。その間、清治は自分の経歴や将来の希望を語り、『少年倶楽部』の発刊計画を打ち明けた。

「少年少女のため、特別な雑誌を発行したいんです。今の学校教育には情操の教育が足りない。学校でならったことを家で勉強しても、つめこみ主義になる。家で楽しみながら読んで、自然に勉強ができるようにして、面白く読ませるうちに人間をつくっていくようにしたいんです」

「機会があったら、おやりになったらよろしいでしょう」

と、大野は答えた。清治は『私の半生』にこう記している。

〈公証人役場から出てたがいに別れるときなどは、十年の知己のような感じでさえあった。大野氏は三十六歳、私よりは一歳若いが、以前ロシア方面において商業上の活躍をされた経験もあり、私などよりはるかに練達された仁である。みだりに人を信じて、軽々に金など貸すべきでないくらいのことは知り過ぎているはずである。よしんば貸すとしても、そこに不安があって、これがまちがってはたいへんだというようなところが、すこしは見えそうなものであるが、そんなところは微塵もうかがうことができなかった〉

清治にとって幸運だったのは、大野が徹底した雑誌中心主義者だったことだろう。

商品として客観的にみれば、雑誌は書籍より回転率がいい。定期刊行物だから鉄道運賃が新聞並に安い。それに書籍は当たり外れがあるが、雑誌は一定部数までゆけば売れ行きが安定し、そんなにたやすく雑誌社が潰れる心配もない。

雑誌は取次の生命線だ、と大野は考えていた。だからこそ、リスクを冒して清治に5000円を融資し、『少年倶楽部』の発刊にも賛成したのである。