人の笑顔が働くモチベーション
「進取の気性」という言葉を幼いころから耳にタコができるほど聞いていた私ですが、お恥ずかしいことに、このビジネスの基本中の基本を、本当の意味で身をもって実感できたのは、大学卒業後、銀行で働き始めてからのことです。

入行早々のころは、新人バンカーとして町に営業に繰り出す日々。けれど、飛び込んだ先で「定期預金をしてくれませんか」「証券を買いませんか」といっても、なかなか契約には結びつきません。
いま思えば契約が取れなくてあたりまえです。私のやっていたことは、「契約が取れないと困る」という自分の困りごとをお客様に押しつけて解決してもらおうということにほかならず、まったく本末転倒だったのです。
それに気づいてから私は、まず営業先の担当者、社長の話を徹底的に聞くことを始めました。
とことん相手の話を聞いていくと、必ず、「こんなことを不便に感じている」「本当はもっとこうしたいと思ってる」「隣町のあの店が気になっている」という希望や悩みが見えてきます。
たとえば、町の洋菓子屋さんが「ネット販売を始めたい」と考えているとします。銀行マンとして私は、そこに新たな借り入れが生じたらありがたい。けれど、借り入れを実現するために行内で調整するだけが自分の仕事ではない、と気づいたのです。
たとえ新しい借り入れが成立しても、拡大した事業が成功しなければ資金の回収は難しいのはもちろんです。
私は、銀行員であると同時にそのお店の営業マンになったつもりで奔走しました。新事業成功のために自分の営業先や人脈で、洋菓子屋さんの新しい事業に力になってもらえそうな人を紹介したり、新事業に関連のある資料を用意したりもしました。
ご紹介した先でも新しい事業が始まるわけですから、そこに新たな借り入れが生じたり、新しい取引先を紹介されたりする可能性も広がります。
双方どころか、三方すべてがウィン・ウィンという関係のスタートです。
営業は、自分の知識と技能や人脈を生かして、相手の「困った」や「願い」をかなえる手助けをすることから始めること。
取り組むときには、真剣、親切、誠実に。
人のためにまず動けば、必ず自分にもよい結果がもたらされる。
そんな実感を得た私は、ぐんぐん成績を伸ばすことができました。
営業成績が伸びることはもちろんですが、私がなによりうれしかったのは、取引先のみなさんが笑顔になったこと。
自分の働きが、誰かの笑顔に変わる。たとえほんの少しでも誰かの人生に貢献できたと実感できることほど、うれしいことはありません。
考えてみれば幼いころの私は家族の「なんでも解決マン」だったわけですから、ずっと同じことをしてきただけ、ともいえます。
いまも毎日、同じことをしています。
誰かの喜ぶ顔が、自分の働く喜びになる。そんな経験をたくさんしながら育った子どもは、大人になってからも働く意味や自分の生きる意味を見失うことはないのではないかと、自分を振り返っても、また今、社会人となったふたりの息子を見るにつけても実感しています。