1月23日、著書の刊行イベントに臨んだ本橋麻里(撮影/森清)

カーリング・本橋麻里が語った「あの涙」の意味

ロコ・ソラーレ代表理事の10年間

平昌五輪でカーリング女子日本代表「ロコ・ソラーレ」が銅メダルを獲得してから1年。代表理事を務める本橋麻里さんが、著書『0から1をつくる』を上梓した。

自身の半生や、銅メダルを獲得した平昌五輪プレイバック、ロコ・ソラーレ結成と躍進の秘話などを赤裸々に綴られている。

本の構成に携わり、本橋さんへの取材をきっかけに10年以上カーリング取材を重ねてきたライターの竹田聡一郎氏が、著書にこめた思いについて、そして、カーリングのこれからについてたっぷり聞いた。

 

2009年秋、最初のインタビューでマジ泣き!?

――改めて著書『0から1をつくる』出版、おめでとうございます。と同時にひとつ、謝らないといけない案件が……。巻末に入れた、チームメイトからのメッセージのことです。著者本人に内緒で進行し、申し訳ありませんでした。

本橋「いえいえ、お礼を言いたいくらいです。この本が自分だけのものになるのに抵抗があったので、みんなのコメントでチームのものになり、安心しています」

――そう言ってもらえて救われました。ロコのメンバーも快く応じてくれたし。

本橋「チームはずっと海外遠征だったのに、いつ取材したんですか?」

 
 
『0から1をつくる 地元で見つけた、世界での勝ち方』(本橋麻里/講談社現代新書) 2018年冬季平昌五輪で、日本史上初の銅メダルを獲得した女子カーリング。チームを結成した本橋麻里による、コミュニケーション術やチームビルディングのノウハウを載せた実践的ビジネス論。

――12月の札幌合宿中です。コンサドーレの取材などもあったので、札幌に行ってチームに帯同していた小野寺コーチや大森トレーナーにお願いしたら、『そういうことだったら』と協力してくれた。メンバーそれぞれに個性があって面白かったです。

本橋「あとは、どんな方に手にとってもらえているのか、どのような感想を持っていただいたのか、ちょっと不安です」

――あれだけ盛りだくさんに語ってくれましたから、本橋さんの真意は十分に伝わるんじゃないですか。3度の五輪、青森での経験などはこれまで語られなかったことだし。自分も本橋さんを取材してきてちょうど10年になるのですが、ゲラ(校正刷り)を読んでて『色々、あったなあ』と感慨深かったです。

本橋「竹田さんが最初に取材してくれたのってバンクーバー前くらいですか?」

――そう。ちょうど10年前の2009年、秋のバーノン(※1)のホールでインタビューをさせてもらったのが最初です。

本橋「バーノン! そんなところまでありがとうございます。でもまだ10年前か。少し短く感じるかもしれません」

――麻里さん、泣いたんですよ、その最初のインタビューで。

本橋「え、覚えてないです。なんでだろう」

――直前に、常呂に行って事前取材したんです。昔のカーリングホール(※2)を松平さん(※3)さんに案内してもらって、本の中にも登場する恩師の小栗さんに(※4)お会いして。本書43ページの写真はそのときに撮ったものです。カレンダー持って『毎年、麻里がくれるんだ、いいだろ!?』と自慢してました。

本橋「ああ、あの写真はそのときの! ゲラを読んだとき、小栗さんが出てきていきなり泣きました。それで思い出したんですけど、そのバーノンでカムアラウンド(※5)の話をした記憶がぼんやりと……」

本橋さんのカレンダーを自慢げに披露してくれた小栗祐治さん(撮影/竹田聡一郎)

――覚えてるじゃないですか。そう、小栗さんから『麻里に伝言を頼む。カマーをしっかり決めなさい。そうすれば勝てるから』と言われて、まずインタビュー最初でメッセンジャーの役割を果たしたら、突然本橋さんが泣き出したんですよ。

本橋「多分、余裕がなかったんだと思います。色々、悩んでいた時期でしたから」

――当時のコーチ、阿部晋也さん(※6)があとで、『ポジション動いたりして、思うところあるときに、小栗さんを見せれば、そりゃ泣くよ』と教えてくれたのも今となってはいい思い出です」

本橋「当時は自分のこと、不甲斐なさやチームに迷惑かけた申し訳なさで精一杯だった気がします」

――まだ23歳でしたしね。僕もカーリング記者としてはまだ初心者も初心者で、カマーってググったりしてた。でも、当時はネットにショットの解説なんかないし。晋也をはじめ、たくさんの選手に聞いて知識をもらっていました。

本橋「男子選手は本当にみんな優しくて。だから去年の平昌五輪ではSC軽井沢クラブのメンバーと一緒に戦えたことが、ある意味ではメダルを獲るよりも嬉しかったかもしれません。近いうちにかテレビや雑誌で男子カーリングの特集もぜひして欲しいです」

※1.
カナダ・ブリティッシュコロンビア州の都市。人口は5万人前後ながら、近隣には有名ワイナリーや人気スノーリゾートなどが点在している。古くからのカーリングタウンでもあり、毎年初秋にはボンスピル(ツアー大会)が開かれる。今季はロコ・ソラーレと中部電力が出場した。
※2.
1988年に国内初のカーリング専用ホールとして建設された「常呂町カーリングホール」、ここから多くのオリンピアンが生まれている。2013年に現在の通年型「アドヴィックス常呂カーリングホール」が完成し、25年の役割を終えた。
※3.
松平斉之日本カーリング協会副会長。平昌五輪後にカーリング普及のためにアスリート委員会が立ち上げた「ジュニアキャンプ」の実行委員長を務め、「氷のあるところなら、どこへでも行きます」という名言を放った。
※4.
小栗祐治さん。常呂カーリング協会の初代会長である、本橋をはじめ、多くのカーラーを育てた名伯楽。カーリングじいちゃんの愛称で親しまれた。2017年に逝去。
※5.
ガードストーンに隠れるように回り込む(come around)、カーリングのショットのひとつ。略して「カマー」ともいう。余談ながら、ロコ・ソラーレの吉田夕梨花や鈴木夕湖のカマーに本橋の3歳の息子は拍手するらしい。
※6.
現在、男子のコンサドーレ札幌に所属する選手。トリノ、バンクーバーの両五輪にコーチとして帯同し、2012年に現役復帰した。趣味はスポーツ観戦で、特技はアルバータビーフをミディアムに焼くこと。