「登場人物の気持ちを答えよ」という国語の授業が大間違いなワケ

様々な教え方を実践して気づいたこと
須貝 誠 プロフィール

「分からない」という正解

「漢字」「言葉のきまり(文法)」の学習では、間違いは間違いとされる。算数の授業では正解を出す。子供が「1+1=3」と言ったとき、はっきり、間違いとされる。

ところが、今まで書いてきたように物語文の心情をつかむ授業では様子が異なる。何でも正解の授業が行われている。

かく言う私も、物語文の授業の仕方を勉強していなかったときは、子供の答えを何でも正解にする授業をしていた。

今の私は、物語文の学習でよく聞かれる登場人物の心情は、文章中に心情を表す直接的な表現がない限り、「分からない」が正解だと考えるようになった。様々な研究会や教育書などで学んだ結果、そう思うようになった。

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物語文の登場人物の心情を問う授業では、文章中に直接的な心情(嬉しい・悲しいなど)が書かれていなければ、正確に読み取らせられるとは言えないのだ。

 

繰り返しになるが、最初に書いたように、同じ物を見たり、同じことを経験したりしたとしても、人の思いは様々だからだ。

学校の国語の物語文の授業では、心情を表す直接的な表現がなければ、心情を問う授業をするのは不適切だと言える。